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財政健全化の目的は

無駄な事業をやめろと言うが
今既にやっている市民サービスの
何が無駄かご説明いただけますかね
なぜそれをやめなければならないかも
#ジブリで学ぶ自治体財政
 
前回の続きです。
とある自治体の行革担当の方から、私がかつて福岡市で担当した財政健全化の取り組みについてレクチャーしてほしいという依頼を受けたという話ですが、私が財政健全化に取り組んだ中で、ひと様に講釈を垂れることができる数少ないキーワード。それは「ビルド&スクラップ」です。
 
行革の世界では「スクラップ&ビルド」という表現が一般的です。
無駄なものを削り(スクラップ)そこで浮いたお金を新たな政策の推進(ビルド)に回す、伝統的な行革手法です。
しかし私が福岡市役所で手掛けた財政健全化では「ビルド&スクラップ」。
新たな政策の推進(ビルド)のためにより優先順位の低いものを削減(スクラップ)する。
言葉遊びのように見えますが、「スクラップ&ビルド」と「ビルド&スクラップ」では、スクラップとビルドのどちらを先に手掛けるかという具体的な手法論、さらにはその根底に流れる思想そのものが全く異なるのです。
 
そもそも財政健全化とはいったい何なのでしょうか。
何がどうなることが財政健全化なのでしょうか。
私が全国で展開している財政出前講座でもよく質問を受けます。
財政が健全であるとはどういう状態を指すのか。
収支が黒字、借金が少ない、貯金が多い、固定収入が安定している、固定経費の支出が少ないなど、当てはまりそうな要素はいくつかありますが、それがどの程度であれば財政が健全だと判断できるのでしょうか。
財政健全化のために○○億円の無駄を削減という目標を掲げることがありますが、いったいどれだけ歳出削減すればいいのか。
不測の事態に備えて貯金が必要だと言ってもでは適正な基金残高の水準はいくらなのかと聞かれれば私たちプロの財政担当者ですら正解を持ちません。
経常収支比率の理想値は何%なのか、財政力指数が1を上回れば健全なのか、財政指標を所管する総務省に問い合わせたところで明快な答えはないでしょう。
 
何がどうなれば、どこまでやれば財政が「健全」だと言えるのか。
私は財政出前講座でよく「健康」に例えてこの話をします。
健康は、私たちが何かやりたいことをやろうとするときに関らず必要なこと。旅行がしたい、おいしいものが食べたい、スポーツを楽しみたい。
健康であれば好きなことにチャレンジできますが、健康でなければやりたいことを我慢しなければいけません。
しかし、私たち一般人と、大谷翔平のよう一流プロスポーツ選手とでは、どの程度「健康」であるべきかが異なります。
そうなのです。どの程度健康であるべきかは、その人が何をやる人か、何をやりたいかによって人それぞれ違うのです。
 
今の健康の話を自治体財政に置き換えてみましょう。
地方自治体のやるべきこと、使命は住民福祉の維持向上です。
そこに暮らす住民が日々の不安なく生活ができるよう、必要な行政サービスを過不足なく安定的に提供し、またよりよい暮らしができるよう、住民福祉向上のための政策を推進していくことが至上命題です。
財政健全化は、この地方自治体の至上命題である政策推進に必要な財源を安定的に確保する手段です。
決して事業の見直し、縮小によって財源をねん出し、それをどこかにため込むことが目的ではありません。
住民ニーズに応え政策を実現するために何をどの程度実現(ビルド)したいかをまず考え、その財源確保の手段として何をどの程度削減(スクラップ)するのかを考える、政策推進を目的とした財源の捻出こそが「ビルド&スクラップ」なのです。
 
今でこそ私が考案したかのように全国で喧伝しまくっている「ビルド&スクラップ」ですが、実は私も受け売りです。
この考え方は2012年度に福岡市に設置された「自律分権型行財政改革に関する有識者会議」の座長を務められた元三重県知事の北川正恭先生からいただいたものです。
私が財政課長に就任したのと同じ年の4月に行財政改革に関する新たなプランを策定するために設置されたこの有識者会議では、財政状況やこれまでの推移、将来見通しなど、今、財政出前講座で使用しているデータをもとに、福岡市の財政健全化をどう進めるべきかについて議論いただくこととしていました。
将来推計を見れば財源が不足することは明らかで、この財源不足を解消するためにどこから財源をねん出するか。そのために無駄なもの、見直すことができるものを具体的に洗い出す、事業仕分けのような議論を事務局として期待していたのですが、資料作成にあたり北川先生と協議するなかで非常に厳しい口調でお叱りを受けました。
 
先生「財源が不足するというが、それは何をするお金が足りないのか」
私「このままでは、毎年度確保してきた政策的経費に充当する一般財源が足りません」
先生「政策的経費で今後どのような事業を行い、どのような経費が掛かるのか、見込みを立てているのか」
私「行財政改革のプランと並行して、今、マスタープランの実施計画を策定しています。その中で必要な事業や経費を明らかにしてきます」
先生「ではまだ何に使うかわからないお金のために今やっている事業を削減しろということか。それは順序が逆だろう!」
私はすべてを理解しました。財政健全化は目的ではなく手段。
新しいことをやるために必要な財源を生み出すために行う事務事業の見直しですから、何を新たに取り組むのか、が先に論じられるべきであって、見直しありき、予算削減前提で議論してはいけない、という考え方に立つべきだったのです。
 
財政が健全であるというのは、自治体としてやるべきこと、やりたいことに対してきちんと財源を振り向け、政策を推進していくことができる状態です。
どこまで健全であるべきかは、自治体として住民が求める政策の推進のために、各種の施策事業にどれだけ財源を振り向け、どこまでの水準に到達することを目指すのかにかかってきます。
現状維持程度の低い目標ならそう大きな財源は要りませんのでスクラップの程度もそう大きくはないでしょうが、飛躍的な成長発展を望み高い目標を掲げるのであればその財源確保のために相当程度のスクラップが必要になります。
また、スクラップによってどの程度の金額を政策推進の財源としてねん出するかという話に加え、どの分野を伸ばすためにどの分野の施策事業をスクラップするかということも悩ましい問題です。
しかし、これらはいずれもスクラップを先行する従来手法であれば非常に悩ましいものの、私がおすすめする「ビルド&スクラップ」であれば、簡単にとは言いませんがある程度、頭の整理がしやすく、組織の内外での理解や協力が得られやすいと思います。
 
財政健全化は政策推進の財源確保のための手段にすぎません。
ならばスクラップによって生み出す金額もどの分野の施策事業をスクラップするかという選択も、すべては何を目指すか、何を推進するかというビルド側の視点で整理することになります。
何をどれだけ削るかではなく、何をどれだけ残し伸ばすか。
将来のまちに必要なものをどう残し、新たな政策をどこまで推進するか。
その実現に資する優先順位の高いものが生き残り、優先順位の低いものが淘汰されていく。
その優先順位の考え方や到達目標は私たちのまちの目指す未来を書き記した「マスタープラン」に示されているはずなのです。
 
財政健全化のための既存事業の見直しが、自治体組織の中で現場から反発にあって頓挫する、あるいは市民からの猛批判を受けて撤回を余儀なくされるといったことはよく聞く話です。
誰だって今自分が関係している既存サービスが財政健全化の名のもとに廃止縮小されればいい気はしませんし、それが「無駄だ」「役割を終えた」などと言われれば反発するでしょう。
しかし、その事業見直しが単なる財政支出の縮減ではなく市民が望む新たなサービスのための財源確保のためと説明されればどうでしょうか。
その望むサービスが実現された未来をあらかじめ市民全体で共有できていれば、各論での抵抗感はあるにせよ、総論としては理解が得られやすいのではないでしょうか。
財政健全化に取り組むうえでの一丁目一番地は前回書いた「情報開示」ですが、それと同じ、あるいはもっと大事な、最も大事なことは「財政健全化の目的」そのものへの理解と共感です。
この二つを丁寧にしっかりと説明し理解、共感を得ながら進めていくことが大事だと、振り返ってみて本当にそう思います。
次回は、この理解と共感を得るために行ったことについてお話ししたいと思います。
 
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
 
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
 
★書籍を購読された方同士の意見交換や交流、出前講座の開催スケジュールの共有などの目的で、Facebookグループを作っています。参加希望はメッセージを添えてください(^_-)-☆
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