エッセイ+短歌「クリスマス!クリスマス!」
一月発行の楽詩でクリスマスの話とはこれいかにと思うかもしれませんが、実は聖書のどこにもイエスが紀元元年の12月25日に生まれたとは記されていません。
ではいつからイエス・キリストの降誕祭が12月25日になったのか、はっきりとした記録はありませんが、さまざまな北半球の古代宗教で冬至と関係するお祭りがあって、それがクリスマスのお祝いに影響を及ぼしたといわれています。
つまり、厳しい冬のさなかに闇と寒さをほろぼす太陽を待ち望む人々の心が、この時季にクリスマスを祝わせることになったのです。
をさなごのイエスはひかり北国のモノクロームの冬に差し込む
さて、クリスマス前ひと月の期間をアドヴェント(待降節)と呼びます。最近は「アドヴェント・カレンダー」(アドヴェントの間いちにち一つの小さなお菓子などを受け取れる仕組みのカレンダー)が日本でもよく見られるようになりましたが、「アドヴェント・クランツ」をご存知ですか?柊などで作った輪の土台に四本のキャンドルを立て、日曜日ごとに一本ずつ火を灯します。全てのキャンドルに火が灯ったら、クリスマスの訪れです。
アドヴェント・クランツつくる指先を柊の葉に苛められつつ
みづからを溶かして燃ゆるキャンドルのいつぽんづつのやさしいほのほ
教会でとくに子ども達が参加する行事にはクリスマス・ページェント(聖誕劇)があります。マリアへの受胎告知、羊飼いへの天使のお告げ、東方の博士たちの旅、ヨセフとマリアのベツレヘムへの旅とそこでのイエスの誕生などを劇にして上演します。
小学生のころからプロテスタント教会へ通っていた私は、何度も出演しました。
マリアにも羊飼にも天使にも博士①にもなりしことあり
すこし大人になって大学生のころ、友達に「もうすぐクリスマスだね!」とテンション高めに話しかけたところ、
「今年のクリスマスなんてクルシミマスだよ。恋人もいないし何の予定もないし。」
という返事だったのでびっくりしました。
私にもそのとき恋人はいませんでしたが、教会育ちなのでクリスマスはただただ喜ばしいものと思っていて「予定がない」という概念も当然なかったからです。
「そうか。世間(日本?)ではクリスマスは恋人たちの行事なのか……」
と認識した次第です。
ところで「クルシミマス」という言葉はこのときしか聞いたことがありませんが、当時の流行語だったのでしょうか。この頃は「クリぼっち」とか云うようですね。
ただ、「クルシミマス」はある意味クリスマスの真実を言い当てているかもしれません。イエスは(キリスト教の教義によれば人類を罪から救うため)十字架にかかって33歳ほどで亡くなりました。決して楽しい生涯ではなかったでしょう。
クリスマスはクルシミマスに似てゐるね苦しむためにイエスは生まれた
でもやっぱりクリスマスは喜びの時。クリスチャンもそうでない人も、自分と周りの人に優しい気持ちになれる時であってほしいと思います。
「楽詩」NO.15(2019年1月20日発行)「かなりあ通信」
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