「短歌人」2021年1月号掲載作品 (「卓上噴水」欄)
「土曜日」
「亡き王女のためのパヴァーヌ」が晩秋(おそあき)のピアノ教室より聞こえくる
つかへつつゆつくりゆつくり弾いてゐるわれもゆつくりゆつくり歩く
行き先は移動図書館ステーション傘さしてゆく秋雨の道
三年目のレインブーツをつくづくと見れば買ひかへどきかもしれぬ
小説を二冊歌集とエッセイの一冊ずつをけふは借り出す
右肩に本の重みの布バッグうれしくさげてゆく帰り道
くたびれてゐるが丈夫な紺色の移動図書館専用バッグ
くりかへし同じところを弾いてゐるピアノ教室前を過(よぎ)りつ
晴れた春の日花びら舞つたこの道に濡れてひかるよさくらもみぢ葉
家に着けばまづ手を洗ひうがひしてそののち淹れる熱き紅茶を
普段づかひの大きめカップにゑがかれて何か語りたげなスナフキン
YouTubeに聴くさまざまな演奏の「亡き王女のためのパヴァーヌ」を
借りて来し本を開きて紅茶のむたそがれどきとなるまでひとり
帰り来るなりストーブを焚きつけるめつきり寒がりになりて 父
焼きたてのパンの香りのする袋かかへて母も街より戻る
曜日あまり関係のなき暮らしなれど土曜日といふふくらむ時間
パンをわけ林檎をわけてめいめいのひと日をぽつりぽつりと話す
父は囲碁の会での二勝一敗を緑茶を啜りつつ報告す
礼拝へ行く服装をきめるためみる日曜の天気予報を
眠るまぎはの胸を流るるうつくしく古風なピアノ曲のメロディー
〈コメント〉短歌をはじめたのは高校生のときです。高校生だった私、大学生だった私、教員だった私、そしてそののちの「何ものでもない私」にも、短歌はずっと寄り添っていました。「同行二人」の心強さです。実は私は「猫踏んじゃった」め弾けないほど不器用なのですが、それでも短歌は私を見捨てないようで、ありがたいことです。
〈略歴〉1976年6月生。秋田市在住。2016年より短歌人会での活動を再開しました。
同人2 冨樫由美子
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