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RADWIMPS「鋼の羽根」を聴いて感情が止まらないのでそのまま綴ってみる。

わかりやすく言葉にするなら コドモとオトナの境目 (最近はそんな境目すらないんじゃないかと思ってる) (少なくとも私には、多分ない) 人生のターニングポイント みたいな時期に出会ったのが RADWIMPSだったんだと思う。 高校2年の頃に「ふたりごと」という歌で出会った。 こんなに現実の隅っこからも目を逸らさず、 綺麗事と言われてしまいそうな 捨てきれない希望とか、本音みたいなのを まっすぐに歌にしてくれる人が 同じ世界線に存在していることに感動した。 高3の頃、お世

    • シンクに熱湯を流すな、という教え。

      2021年4月3日土曜日。 今夜の夕飯は、サラダうどんにした。 うどんを茹でたお湯を捨てる時に ふと思い出したので、今日はこのお話。 ____________ 小4の夏〜中2の後半頃?まで 母方の祖父母の家で暮らしていて、 小学生の間は祖父母と一緒に過ごす時間が多かった。 特に祖父。 祖父〈以下じいちゃん〉は 看板の文字を書く仕事をしていて、 その仕事以外は絶対にしないという頑固さから (…と私が思ってるだけで本当のところは知らないまま) 祖母〈以下ばあちゃん〉は

      • お風呂場の足拭きマットは濡れてほしくない話。

        「もはや何のためのマットなのか…」 という自分へのツッコミは、もう何十回とした。 たしか、高校卒業後に ひとり暮らしを始める頃には すでにソレが嫌だった。 どうしても、 お風呂場の足拭きマット(つまりバスマット)は 濡れてほしくない。 誰かが使った後のマットが嫌なのか? なら毎回洗い立てなら良いのか? と思いきや、そうじゃない。 お風呂上がりの自分の濡れた足で マットが濡れることも嫌なのだ。 じゃあ一体どうしていたのかというと、 お風呂上がりには 必ず足の裏ま

        • 「綴る」始めました。

          プロフィールアイコン用の写真を探したけど、 “歌ってる私”以外の写真が 自分でも驚くほど少なかった。 ここで改めて痛感した。 私は、写真というかたちで 自分を残すことが、やっぱりあまり好きじゃない。 “人前で歌う”ということを選んだが故に 写真に残したり、誰かに撮っていただいたり… という機会は増えたし、慣れてもきたけれど 例えば誰かと久しぶりに会えた時、 写真に残したりできたら素敵なんだろうけど 自分から「写真撮ろう!」なんて言うことも、まずない。 残さなくても

        RADWIMPS「鋼の羽根」を聴いて感情が止まらないのでそのまま綴ってみる。