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『思い出のワルツ』 

  シナリオ・センター 本科課題⑩「軽井沢」
               作 瀬下祐美

⭐️タイムスリップものに初めて挑戦した
特に思い入れのある作品です❣️


人物👤
後藤美咲(29) OL
戸田極子(49) 岩倉具視の娘 
      通称 鹿鳴館の華
      後藤美咲と2役
桂木香里(29) 美咲の大学時代の友人
有島武郎(29) 大正時代の小説家
伊藤博文(66) 初代内閣総理大臣
側近

◯碓氷峠
   新緑の中、ゆっくり走る一台のバス。

◯バス・車内
   空いている。
   最後列で談笑している後藤美咲(29)と桂木香里(29)。
   美咲の手には『旧三笠ホテル案内』と表示された小冊子。

美咲「やっぱり…日にちずらして正解だった…」

   美咲、車内を見回し悪戯っぽく笑う。

香里「ほんと!先週のGWだったらこんな呑気に座っていられなかったかも…」

   笑い合う美咲と香里。
   窓から見える黒い雲。見る美咲。

美咲「山の天気って…変わりやすい…」

   香里も黒い雲を見る。

香里「なんか…ひと雨きそうだね?」

   顔を歪め、頭を抱える美咲。
   美咲を心配そうに見る香里。

香里「…どうしたの?大丈夫?」

美咲「…うん…大丈夫…なんだろう…」

   平静を装い、苦笑いする美咲。

◯旧三笠ホテル・外観
   木造純西洋式の建築物。
   激しく降る雨。

◯同・ロビー
   美咲と香里、髪が少し濡れているのも 
   気にならない様子で
   壁にかかっている色褪せた写真に見入って
   いる。
   美咲、バーバリーの折りたたみ傘を持って
   いる。
   写真は、燕尾服姿の凛々しい伊藤博文(66
   と浮かない表情の有島武郎(29)と美咲に
   瓜二つな洋装の戸田極子(49)。
   写真の下に『開業1周年晩餐会の様子。鹿
   鳴館の華 戸田極子と。』の文字。
   写真に見入ったまま呟く香里。

香里「…ねえ…この…戸田極子って人…美咲にそっくりなんだけど…」

   写真をじっと見ている美咲。

美咲「…そうかな…?気のせいじゃない?…それより…有島武郎って…
 やっぱりイケメンじゃない?」

香里「はいはい…また美咲の文豪好き話が…始まっちゃうかな…」

   呆れ顔の香里。

美咲「ごめん…ついつい…」

   悪戯っぽく香里を見て、写真の有島武郎を
   もう一度見つめる美咲。
   こめかみを押さえて、顔をしかめる美咲。

◯同・中央階段踊り場
    上がってくる美咲と香里。
    美咲は『旧三笠ホテル案内』と表示の小
    冊子を見ながら
    ゆっくり上がってくる。
    香里はさっさと上がり、姿が見えなくな
    る。

美咲「明治39年創業…昭和45年まで営業だって…!!
 凄くない?」

    小冊子に夢中の美咲。

香里の声「はいはい…そうだね…ねえ、さっさと見て早めにホテルに
 チェックインしようよ!」

    顔を歪め、頭を抱える美咲。

美咲「痛っ!!」

    身体を屈めた拍子に階段を踏み外し
    下まで転げ落ちる美咲。   
    戻ってくる香里。

香里「…ねえ…聞いてる?早くホテルに…あれ?美咲?
 何処に行ったの?」

    不思議そうな表情の香里。

◯同・中央階段下
    『旧三笠ホテル案内』の小冊子だけが
     無造作に落ちている。

同・同
   ゆっくり目を開ける美咲。顔をしかめて起
   き上がり、辺りを見回す。
   尻の下に壊れたバーバリーの傘。
   美咲、ため息。

美咲「…気に入っていたのに…」

  蓄音機からの音楽が聞こえ、豪快に談笑して
  いるような
  男性の話し声。
  T 明治40年・5月。

美咲「…落ちた…?香里は…?」

   階段を見上げる美咲。
   燕尾服白タイ姿で、男性(側近)と談笑しな
   がら降りてくる伊藤博文(66)。
   驚く美咲。
   美咲に気づき、驚いたようになるが笑顔に
   なる博文。

美咲「(小声で)…嘘でしょう…?どういうこと…?
 伊藤…博…文…?…えっ?」

   呆気に取られて、混乱する様子の美咲。
   美咲にゆっくり近づき腰を屈め、目線を合
   わせる博文。

博文「極子さん…ですよね?いやあ…相変わらずお美しい!!
 少し…若返ったような気もしますが…まさか今日お会いできるとは思いませんでしたな!貴女の名声は聞き及んでおりましたぞ…
 いつ、オーストリアからお戻りに?」

   呆気に取られながらも、口を開く美咲。

美咲「違うんです!私…戸田極子ではありません!
 こんなこと言っても信じてはもらえないでしょうが…
 私は令和からタイムスリップしてきたと思われます…」

   博文と男性は顔を見合わせ、笑い出す。
   不服そうに壊れたバーバリーの傘を開いて
   みせる美咲。

美咲「こんなもの…この時代にはないですよね?」

   興味深そうに傘の折れた部分を見る博文と
   男性。

博文「極子さん…実は先日、私の愛用のバーバリーの傘も壊れてしまってね…仲間ですな!」

   楽し気に笑う博文。 
   意気消沈の美咲。

博文「極子さんがこんなにユニークな女性だったとは!」

   真顔になり、美咲に顔を近づける博文。

博文「(小声で)では…尋ねよう!この大日本帝国は
 どのようになっている?争いはおきていまいな?
 その…令和とやらの時代は…どのようになっている?」

   考え込み、真顔で博文を見る美咲。
   恭しく立ち上がる美咲。

美咲「正直…よくわかりません!Uber Eatsとかあって
 便利にはなっていますが…果たしてそれがいいのかどうか!
 環境問題も拍車がかかりますし…」

   不思議そうになる博文。

博文「‥ウーバー…イーツ…?」

美咲「食事を家まで配達してくれるんです!最近は日用品も!」

   美咲を見つめ、考え込む様子の博文。

博文「…やはり貴女は…先見の目をお持ちの戸田極子だ…
 折角です!ドレスに召し替えて一緒にワルツを踊りたいものですな…」

   高笑いする博文。

有島武郎の声「なにやら楽しそうですね?」

   壁にもたれ、ワインを飲んでいる有島武郎(29)。
   ニヒルな様子。
   有島に気付いた美咲、驚いて開いた口が塞
   がらなくなる。
   ゆっくり美咲に近づく有島。
   遮るように美咲の間にそっと入る博文。

博文「有島君!紹介しよう…岩倉氏のご息女、戸田極子嬢ですぞ!」
    
   有島へ慌てて言う美咲。

美咲「…違うんですよ!戸田極子ではないんですよ!」

有島「違う?」

博文「…先ほどからこの一点張りなのですよ…なにやら…令和という時代から
 来たらしい…では、ホールでお待ちしておりますぞ…」

   美咲にウインクして男性(側近)とともに去
   る博文。
   博文の後ろ姿を見送り、美咲をじっと見つ
   める有島。

有島「…やっと邪魔者がいなくなりましたよ…
 貴女の噂は予々聞いておりましたので…こうしてお会いできて大変光栄ですよ…
 総理より早く貴女を口説かなくては…」

   手をそっと差し出す有島。
   美咲、手は乗せない。
   差し出している手で美咲の頬をそっと撫で
   る有島。
   驚き戸惑う様子の美咲。
   美咲の耳元に顔を寄せる有島。

有島「…近くに僕の別荘があるのですが…是非いらしてください…
 歓迎しますよ…ゆっくりワインを飲みながら令和とやらの時代の
 話をお聞かせ願いたい…」

   美咲、有島を真顔で見つめながら、頬の手
   をそっと下ろす。

美咲「お気持ちだけ有り難く受け取らせていただきます…
 それから…言っていいのかわからないのですが…お命大事になさってくださいね?
 決して…早まらずに…」

   恭しくお辞儀をする美咲。
   不思議そうに美咲を見つめる有島。

有島「さすが鹿鳴館の華、戸田極子だ…!口説くのは
 100年位かかりそうだ…せめて、ワルツを一緒に…!」

   お辞儀をして、手をゆっくり差し出す
   有島。
   手をゆっくり乗せる美咲。

            終