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羨ましい

本書は2017年に刊行されており、刊行されて直後に読んだ。とても感銘を受けてそれ以降若林さんの大ファンになった。今回文庫本が発売されるとの情報を聞きつけた。更に書き下ろし新章が加わるというではないか。早速本屋に走り、まあまあ目立つ場所に売られていることを確認して、それを誇らしく思いながら本を抱えレジに向かった。

本書はキューバの一人旅紀行である。一人旅ならではのハプニング、思っていたイメージと違ったやりとり、現地ならではの空気感の描写など、思わず旅に出かけたくなるような文章が並んでいて読んでいるだけでワクワクしてしまう。ガイドのマルチネスが陽気なキューバ人のイメージと裏腹に、人見知りでなかなか会話が盛り上がらなかったが、ある勘違いを共有することで心を開き、笑い合えるようになった過程など一人旅ならではでないか。海外旅行は予想を遥かに超える出来事から自分の"人生を上手いこと生きる度合い"が試されているような気がするから、たまに自分の度合いを答え合わせしたくなる。言葉が通じない中でなんとか交渉したり、思わぬハプニングに対応したり、と。

まず紀行としてとても面白い。だが魅力はそれだけではない。新自由主義が支配する東京で生きることについて著者が考える疑問を、新自由主義からかけ離れているキューバで過ごすことで改めて振り返る。その疑問が現代人の心に自然に共感を生み出す。特に新自由主義において"勝者"になれない人にとっては思わずうんうんと唸ってしまうのではないか。

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そんな定説が当たり前になっている社会で、それを絶対視せず、そうじゃないんじゃない?と改めて問いかける著者になんだか私は羨ましく感じてしまった。

私は世間一般で"正しい"とされていることに特に疑問を持たない。ただ漫然と生きているのかもしれない。皆んながそう言うならそうなんだろうな、これは良いこととされているから自分もそうしよう、と。そんな疑問を持たないイエスマンは世間にとって都合がいい。そして気付かぬうちに世間と違う方向を向く人を排除している。だって世間がそう言うんだもん。私は悪くないよ。

そんな世間に真っ向から疑問を呈し、更に世間からも共感を呼んで賞賛される著者がとても眩しく思える。この人は自分で考え、それを責任持って表現し、更に認められているのだから。

ひと時代前は疑問を持たず、ただ言われたことを従順にやり通す人物が世間から求められていた。今は違う。自分で考えて、当たり前を疑問視できる、自信を持った感性。そんな感性を持つ人物が求められていると思う。著者は正にそう言う人だ。

私は自分を世間の多数派だと思っていたが、著者の新自由主義に対する疑問にとても共感して感銘を受けた。そんな自分を都合がいいな、と思う。何にでも共感して納得してしまう自分、なんて浅ましく薄っぺらいんだろう。もしくは多数派少数派なんてただの虚構で、人が勝手に線引きしただけなのかもしれない。


書いてるうちになんだか自己反省のループに陥ってしまったが、この本は文句無しに素晴らしい。時々会話文が自然に挟まれているが終盤にその伏線がしっかり回収される。紀行文というだけでは済まされない心の葛藤や父親との思い出が等身大で描かれ、最後には泣きながら読んでいた。

自分探しの旅は揶揄されがちだが、これは正に自分探しの旅、と言えるのではないか。若林さんにこれを伝えたら(伝えられる方法なんてないけど)、怪訝な顔をされるかもしれないが、私はそう思った。キューバという国を通して自分の疑問を整理し、父親との思い出を回顧しながら、キューバに来たきっかけに想いを馳せる。自分探しの旅という言葉にはやっぱり合わないか?


本書では更に涙を禁じ得ない箇所がある。DJ松永さんの解説だ。著者への個人的な手紙、とされており本の内容については特に触れられていないが、これ程愛のこもった文章を私は他に知らない。著者を心の拠り所にしてきた解説者の思い、更に著者の思いを継承しようとする意思に、ああ、こうして思いは受け継がれ世間に伝搬していくんだなあ、と感じた。

こんな愛と熱のこもった手紙を捧げられる著者を羨ましいとまた思った。生きていてこれ程愛され尊敬され、更に自分の思いを継承すると堂々と誓う後輩を持つってどういう気持ちになるんだろう?


本当はもっと本の内容について詳細に書きたかったが、書いているうちにどんどん著者への自分の羨望心が溢れ、本から逸れてしまったが、一番率直な感想を書きたかった。だからこれで良かった。

今自分が一番心から思うことを率直に書くという行為は若林さんの真似だ。私も若林さんの思いを無意識に受け継いでいますね。

ちなみに私は若林さんの大ファンすぎて、若林さんのnoteに是非ともコメントをしようと決めていたが、自分の陳腐な文章でコメント欄をうめるのは心苦しくてここに書き記した。

この様な機会を設けていただいてよかった。ありがとうございます。

#読書の秋2020

#表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬


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