作文「サチの手紙」

「あとソレ、食用じゃないから。」私の言葉に、

「なんだ、コレ食べられないのか」

とサチは紫と蛍光の緑がまだらになった、とても気持ち悪い痩せた蟹をつついて、ペロリとその指を舐めた。その蟹は簡素な透明ケースに単体で入れられ、私達の好奇の目にさらされていた。

「サチはホラ、食べ物しか興味ないから。」と誰かが言った。

サチは殆ど眉毛がなく、その肌は驚くほど白かった。ベリーショート にされた髪は脱色され、上はプリンになりかけていたが、色素の薄いサチにはよく似合っていた。大きな目は常に光り輝き、楽しいものを探していた。よく喋る口はハッキリとした赤でぬられていた。

子供にも大人にも見える人だった。

クルクル変わる子供のような表情と時折り見せる大人びた表情、両方をサチはあわせ持っていた。

サチと蟹と教室に行くとすでに老若男女の生徒で埋め尽くされており、私はサチと離れて座る事になった。私が咳込んでいると、眼鏡をかけた白髪を綺麗に撫でつけた品の良い男性が、私に喉ぐすりをかしてくれた。それはマニキュアのように小さな瓶に入っていて、色は蜂蜜色をしていた。それを老人に教えてもらいながら、キャップについている小さなハケにたっぷりと薬を取り、私は上を向いてゆっくりと落ちてくる薬を喉に受けた。本来ならハケで喉を直接塗るのだろうが、衛生面でそれはさけた。スーッとした息に呼吸も楽になった。私は老人に礼を言うと改めて教室を見渡した。

「俺の作品が1番だから。」

そう言いながら1人の青年は、教室の隅にある小さな水道で使った道具をジャブジャブ洗っていた。白い絵の具があたり一面飛び散っていた。

「へぇ、そう言う奴って顔からして違うんだよね。」 

サチは回り込むようにして、青年の顔をマジマジと見た。

「何だ、普通じゃん。」

その言葉に青年の耳と首がカッと赤くなった。勢い良く飛び散っていた白い絵の具は今ではただの水に変わり、心なしかその勢いも衰えて見えた。

サチはもう青年に興味がうせたみたいだった。しかし、私と黒板の前で合流すると、

「私もなー、もうひと回り若かったら色々才能爆発してたのになー。」

と言った。

「それは詩で?それとも絵で?」

私の問いにサチは顔をくしゃっとして笑い、

「手紙」

と言った。

「へぇ、どんな手紙?例えば?書き出しは?初めてお便り出しますーみたいな?」

「まぁね。」

「続きは?」

「ここで言うのかよっ!!」

とサチは珍しく赤くなって、乱暴に蟹のケースを抱えて廊下に向かった。どうやら内容をコッソリ教えてくれるらしい。

でも手紙とは意外だった。

だってサチは、本当に天才だったから。

一時期は溢れる芸術が爆発していたのを、私は見て、知っていたから。

絵でも詩でもサチにかかれば一瞬だった。サチの才能に時間が間に合わない感じだった。

沢山の作品が、生み出された。

そして、それらはいろんな人の手に渡り、もう一つも残っていないのだけど、確かにサチは天才だった。

あの時期が終わると、サチはもう、筆も鉛筆も持たなかった。

全部、出し尽くしてしまったのだ。

そんなサチが手紙を書くのだ。興味ある。内容は?誰宛て?あの才能の片鱗を私はもう一度見れるのだろうか。

私とサチと蟹一匹が廊下に躍り出た。

さぁサチ、教えてくれ。

貴方は誰に、なんて書くの?



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