作文「現実逃避」

夢生は基本的に自ら進んで何かをするタイプではなかった。クラスで何かをやる時もかたく沈黙を守り、話しかけられ、割り振られた役割を渋々引き受ける、そんな感じだった。夢生はクラスの男子達に使いっ走りをさせられており、惣菜パンを買ってこいと言われれば、たとえそのコロッケパンがまだ温かくても遅いと蹴られていた。

そんな夢生は家では全く何もしなかった。掃除、家事、洗濯に至るまで全く何もしなかった。話をすることすらなかった。だから、家事や炊事は必然的に居候の僕に回ってきた。夢生が何もやらないからだ。僕はこのストレスの捌け口を何処にしていいか分からない。そんな日々を過ごしていた。

夕飯の準備をしているときおばさんが、

「あらヤダ」

「?」

「ねぎがないわ。納豆に入れるねぎ」

と言った。僕はその時納豆をかき混ぜていた。僕が仕方なくネギを買いに行こうとした時、

「俺が行くよ」

と夢生が言った。夢生の声を聞いたのは久しぶりだった。彼は僕の肩に手を置き、

「お前は美味しい納豆を作ってくれよな」

と言った。美味しいも何もタレとからしを入れて混ぜるしかないのだが。しかし一体どういうつもりだろう。息を殺して沈黙を守り一歩も動かない夢生がネギを買いに行く。小銭を持って玄関に向かう足取りは心なしか軽やかだ。

その日夢生は家に戻らなかった。

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