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サヨナラ禁酒法

 ときは「新型」禁酒法時代、ところはOSAKA。

Bible Club Osaka

 そのお店を知ったのは、宝塚雪組の「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」を観たあとでした。

 Twitterの雪組沼の住人の元へ、「禁酒法時代のアメリカのスピークイージーそのもののお店がある」という情報が流れてきたんです。添付されているお店の写真は、公演ポスターやプログラムのように素敵で、今にもギャングのヌードルスが現れて、マックスたちと「仕事」の話が始まりそうな雰囲気のあるお店でした。

 行きたい!

 思ったときは、世の中にはギャングではなくコロナがはびこり、酒好きの友人にも同行してもらえない有り様になっていました。

 なら、ひとりで飲めばいい。

 ネットで調べて勇んで行ったものの、そこはさすがモグリ酒場。なんと私は半時間ばかりもお店の真ん前にいながら入口すら見つけられず、今日は休みなのかとすごすごと家路についたのです。

 人見知りな私は、はじめてのお店に電話で問い合わせするのも気後れしてしまい、後にSNSで店長さんから入口のヒントをもらって翌週再トライすることになりました。

 コンセプトがスピークイージーとはいえ、真っ当なお店なのだから、なにも気後れすることはなかったのですが…。

 大人と言われるようになって年月が経っても、一人でバーへ行くというのはまだまだ敷居が高く、子どもみたいにモジモジしてしまうわけです。

 二度目は開店10分前には入口を見つけることができました。

 小さいんです!扉が!

 茶室なの!?

 同じビルの一階に入ってるお店の巨大な扉の陰に、それはひっそりとありました。

 身長158cmの私はそのまま入れますが、長身の方などは腰をかがめて扉をくぐるのかもしれません。それとも、スピークイージーという思い込みが扉を実際より小さく見せていたのでしょうか。

(後日訪問すると、外の扉も普通のサイズだということがわかりました。)

 日が落ちてからの訪問とはいえ、扉の向こうの下り階段は更に薄暗く、カーブしていて、うっかり足を踏み外したならば、転がり落ちた勢いで「うわー!こんばんは!はじめましてー!」みたいな登場をしてしまいそうな空間です。

 開店を待つ間、お店の内扉をスマホで撮影したり、飲み仲間の友人にLINEを送ったり。

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 扉の向こうからは椅子を動かすような音、氷を削るような音が聞こえてきて、それだけでわくわくとテンションが上がります。

 はやる気持ちを抑えきれず、もう一歩ドアに近づいたのとドアが開いたのが同時でした。

 暗がりの中、いきなり目の前に現れた影に向かって「うわー!」と声を上げたのは店長さんの方でした。(あ、バーだから、マスターというのかしら。そういえば私はずっと「店長さん」と呼んでました。)

 怖いですよね。

 暗闇の中ひっそり佇んでいたらびっくりしますよね。

 でも、暗闇の中ひとりで喋りまくっていたら、驚かなくても、じわじわ怖かったですよ。いえ、すみませんでした💦

 カウンターに案内されていそいそと席についたものの、メニューにずらりと並ぶお酒の名前を見てもよくわかりません。せっかくのアメリカスピークイージーがコンセプトのお店なのだからと、

「えっと、とりあえずバーボン…飲んだことがないので…」

「バーボンは初めてですか?スコッチはどんなのがお好きですか?」

 私がリピートしてるのはマッカランの12年。今飲んでいるのはバランタイン17年(頂き物)。少し前にグレンファークラス105のカスクストレングスを空けています。

「バーボンは綺麗めのものと、荒々しい味のものがあるんですけど、綺麗めのお酒がきっとお好きだと思うので、いいのありますよ。コスパもいいです。」

 これ。

 ミクターズスモールバッチ。

「え、み、みくたー?パッチ?」

 名前を聞き取るのも覚えるのも苦手です。

 ついでに人の顔や名前も覚えられません。

 それでも美味しいものは美味しい。

 「あっ。美味しい。」

 開店直後の客は私1人だけ。

 お店の内装はグラスや調度品はもちろんのこと、グラスを拭くクロスや床材まで、100年前の禁酒法時代のものらしいです。

 お店の雰囲気の素敵さもさることながら、店長さんと飲みながらお喋りするのが楽しすぎました。(はじめはマスクをつけたり外したり忙しかったですが)

 そういえば私、この数ヶ月近しい人以外で、対面での会話をほぼしてなかったんですね。

 あぁ、私、リモートやLINEとかじゃなくて、生の会話に飢えてたんだな、って思いました。

「そういえば今思い出しました。私の母はお酒を飲まないって言ったけど、若いときはバーボン飲んでたんですって。叔父がこっそり教えてくれました。私はスコッチばかりですけど。」

「じゃあ、お酒好きはお母さん譲りかもしれませんね。」

 数年前、グレンファークラス105を味見にひと口飲んだ母は、

「氷をひとかけら入れて飲んでみ」

と言いました。

 私がその通りにすると、不思議と味がまろやかになって飲みやすく変わっていて驚きました。そして“飲まない人”と思ってた母がそういうことを知っていた、ということにもっと驚きました。私が物心つくころには、健康上の都合で既に酒を断っていた母。そうだったのか…。

 母は26歳で私を産みました。

 ということは、ロックとはいえ母は20代前半でバーボンを嗜んでいたのです。渋すぎる…。

 そして遊び場はこのミナミだったという。

 あ、夜のミナミではなく、昼のミナミです。学生らしくランチやウインドウショッピングを楽しんでいたとか。

 そんなことを思い出しながら、またひとくち。

 カットグラスが反射する、色とりどりの細かな宝石のような光を眺めていると、グラスに植物や蝶の模様がエッチングで施されているのに気付きました。コースターは手編みのような温かみのあるベージュのレース。

 薄暗い、色の少ないバーもあるけれど(それはそれでいい)、このお店は暖かい灯りと色にあふれてる。カウンターの上には天使が舞っている。(酔って幻覚を見てるのではありません。ランプの装飾です。)

 あぁ。いいなぁ。私、今しあわせだなぁ。

 家で灯りをおとして、ポワロを見ながらひとりリラックスして飲むお酒も好きだけど、たまにはこんな素敵なバーに来て、高揚感とともにお酒を味わうのもいいなぁ。

 グラスが空になったので、今度はカクテルをお願いしました。バーボン2杯飲むと酔いが回ってしまいそうなので。

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 素敵ですよね!

 Mr.ヘンドリックスという名前のカクテルです。

 見てのとおり、バラとキュウリ、そしてカルダモンの香りがしました。

 カルダモンが好きだと言うと、殻つきのカルダモンを炙って香ばしくしたものをトッピングしてくれました。

 ヘンドリックスというジンがベースのカクテル。ちょうど「夏至の一番星」という名のついた限定版ヘンドリックスがあって、第一号で試飲で飲み比べもさせていただきました。

 定番はバラの香りで、限定版は色んなお花の香りがふわっときました。

 どちらがお好きですか?

 腕いっぱいの薔薇の花束と、一面に広がる華やかな香りのお花畑。

 どちらも素敵でしたよ。

 私は苦いお酒が苦手で、知らないカクテルを頼んで飲めないと困るので、居酒屋さんではカクテルは殆ど頼まないんです。「ジンベースですよ。」って言われても、そもそもジンそのものの味を知らないのです。

 ジンってこんなに美味しいリキュールだったんですね!

 それともこのヘンドリックスが特別なのか。ほかのものをストレートで飲んだことがないのでわかりません。カクテルって普通はキュッとひと口で飲んでしまうイメージもありますが、あまりに美味しいのでもったいなくて、味が変わらない程度にちびちびいただきました。

2度目の来店

 1ヶ月ほどたって、また美味しいお酒が飲みたいなぁ、ということで、もう一度行ってきました。

「特別なバーボンが少しお得になりますよー。」

というお知らせに、まんまとつられました。

 そして、

「あぁ、美味しい」

 言ってから、はたと気付きました。

 私、前とおんなじこと言ってる。

 どんなに特別なお酒を飲んでも、悲しいかな、どう美味しいとか表現できる言葉を持ち合わせていないのです。

「すみません、わたし、美味しいしかわからなくて。」

 つい謝ると、

「美味しく飲んでいただけるのが一番ですよ。」

と、店長さんは笑って言ってくれました。

 それが今回の記事のヘッダーに使ってるジョセフマグナス。向かって左側のがかなりレアなんだそうです。今現在日本で飲めるのは、なんとこのお店だけ(!!!)。

 本当に美味しくてね。突き出しのカプチーノ味のトリュフチョコレートをマロン味に感じてしまうほどでした。(私の舌がおかしいのかもしれません)

 新しいバーテンダーさんも入られて、前回「ずっと1人でやってるんですよー」という苦労話を聞いていたので、

「本当によかったですねー!」

 と、たった2回しか来ていないのに、まるで常連客のような喜び方をしてしまいました。なんだか楽しい。

 新しいカクテルを作る企画に参加されて、昨夜生まれたばかりのカクテルがあるというので、2杯目はそれをオーダーしました。パナスィーア(万能薬)というカンパリベースのカクテルです。

 これは苦い!

「こんな時期なのでこれ飲んでみんな元気になったらいいのに、と思って。」

 そうだこれは薬だ。と思いながら銅のマグカップでパナスィーアをごくごく飲む。

「元々はこの赤い色も虫を使って着けてたらしいですよ。」

 虫。

 赤い色の虫。

「リキュール自体が本来薬酒として作られてたそうですから。」

 そういえば、中世ヨーロッパでは、悪い病には身体に悪そうなものを使って身体から悪い病気を排出させるという考えから、口にしない方が良さそうなものまで薬として扱われていたとTVで見たことがあります。

 たとえば犬のフンとか。

 毒を以って毒を制すを地でいく話です。

 私はそんな蘊蓄が大好きなので、お酒を飲む間に店長さんが語ってくれるお酒の話を聴くのも楽しいのです。新しい話を聞くとうきうきします。

「今日も美味しいお酒と楽しい時間でした。また来ます。」

 早くみんなで楽しく語り合いながら、お酒を飲める日が戻ってきますように。

 (サヨナッラッ、きーんしゅ・ほー。)

 宝塚のワンスアポンの劇中歌を心の中で歌いながら店をあとにしました。

 今度は友人と来られますように。

 


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