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詩「火事の夢」(芸風が決定した作品(芸風て

午後の眠りから醒めると
薄暗い部屋は雨の匂いがした
曖昧な火事の夢から
ようやく解放された私は
庭先で鳴いている茶色い猫が
かつての恋人であることを思い出した

花の名前を忘れて
風の色を忘れて
水の味を忘れて
あなたの温度を忘れて

私は人になった
曖昧な火事の夢を見るだけの人になった
あなたは今でも
疑り深い猫のままなのに

 ※「詩の雑誌 midnight press」2001年 No.13掲載


この作品で、私の芸風はほぼ決まったと思っている(だから芸風て

私は頭に浮かんだものをそのまま書くスタイルだが、最初に無意識へ発注する段階で頭の中に視覚的イメージが浮かんでいる場合が多い。それは懐かしさや心地よさといった感情を伴っている。そして、おそらく私はそれらを外部に発信したいのだ。ただし、あくまでも「外部」であって「他者」ではない。とにかく出力することが大切で、それを受け取る者がいるかどうかは二の次なのだとすら考えている。

萩尾望都の初期傑作のひとつに「ビアンカ」という短編がある。主人公である画家のクララ・ハイマーは、12歳の時にいとこのビアンカという少女と出会う。クララにとってビアンカは鏡の中の自分と会話したりする風変わりな女の子であり、とても仲良くなれそうになかった。しかし、ある日クララは森の中で楽しそうに踊るビアンカの姿を見て、その美しさに言葉もなく立ちつくす。その翌日、両親の離婚にショックを受けたビアンカは家を飛び出し、崖から転落して還らぬ人となる。それから40年後、画家になったクララは「自分は少女時代に出会い短い交流の後にこの世を去ったビアンカが、森の中で踊る姿を見たときの想いを伝えたくて画家になったのだ」と語る。

創作をしている人は、誰でも程度の差はあれクララ・ハイマーと同じ想いを抱えているのではないだろうか。少なくとも萩尾望都がマンガを描き続ける理由は、そういうことなのだろう。私の場合は子どもの頃に黄昏時の原っぱや曇天の草原を独りでさまよった時の感覚を再現したくて、色々と書いているような気がする。繰り返しになるが、それを読む者がいるかどうかは重要ではないのだ。それとあとは賞金かな。創作でもらったお金で家族と食べる焼き肉の味は最高だからね(台無し


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