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脳漿ブラックレイン

「あのなぁ、何も考えてないやつの脳みそを叩き割ると、白いべとべとした液体が出てくるねんで それでなぁ、それを女の口の中にいれるとな、子供が生まれるねん、何も考えない子供がな、女の口からや そうやって人間は生きてるんや」
目の前の決して両目の焦点が合うことのないジジイはそう言った。
「なぁオッサン、それ真理か?本当にルサンチマンと自我を肥大化させた人間は自殺波動を理解しきって最後まで受信して理解せな業を棄てて生きていけんのか?」
「間違いねぇーッ!!俺は見たーッ!見たんだーッ!」
とても本当とは思えない。だが僕がこのシャブ中で前科持ちの “ディスコボール・レンジ戦車の會” と名乗る明らかに気狂いなジジイを信じるしか無いほど堕落しているのも明確な事実だ。ジジイは興奮して口から息を飛ばすように喋り立てる。
「7年前な、俺は見たんや 男の高校生がな、変な本読んでんねん、んでポケットに手ぇ突っ込んでるねんけど、その手から灰色の液体がぼとぼと滴り落ちてくるねん 俺はその時カーッと苛々してきてな、理由はわからへんねん 多分、灰色の液体がわいのよだれとわいのオカンの羊水が混じったもんみたいに思ったからやろかもな、とにかく嫌になってん、その高校生に対してな、殺意や無い。こいつを目の前から消さなきゃならん、視界から、いや脳の中の記憶から完全に消してしまわねばならんと思うたわけや そのためにはどちらかの脳を穿り出さなきゃならん、こう決心したんや だけどあんちゃんも自分の脳を穿るのは嫌やろ?せやからわいもその高校生めがけてガラス瓶拾ってな、割ってな、んでそいつの頭もガツゥゥーーン!割ってん がはははは、は  ヴホン カーーッ ペッ」
その一瞬の隙に話を誘導する。
「そしたらどうなったんです、中には何があったんですか?」
「そう、それや それがな、嫁を殺したときに頭から出てきた白い液体とちゃうかったねんな その兄ちゃんからはな、黒いナマコの雨みたいな塊が出てきてん 要はな、そん時、高卒の俺は一瞬で理解したわけや これでも本は読んでる方なんやで、でな、 これはこいつの自我や、ルサンチマンや、こいつの存在概念そのものや とな。これでも本は読んでる方なんやで、オッチャン だから理解ったんや」
私はせめてもの希望を託して質問した「それは黒蜥蜴が這うようではなかったですか」
「まぁそりゃ言われてみればそう云う表現をすることも出来るがね、あんちゃん、あれはそんなに綺麗なものではなかった。地獄の雨の色に似ておったよ あれを美化して表現してはならん。あれはクズや。人間皆クズや。何も考えてないやつも、一見本を読んで頭を良さそうにしようとしているやつも、自我が有るやつも無いやつも、皆クズや。頭の液体が白かろうが黒かろうが、皆クズなんや。この世界は無くなったほうがええんや」
「それがあなたが奥さんと、子どもと、男子高校生の命を供物にして得た結論ですか。思考の結論ですか。」
「そうや わしはな、わしもクズや。はっきり言って、わしもあんちゃんもさっさと死んで世界に意味を与えて終わらせたほうがええんや せやけどな、そのへんをわきまえてるわいやあんちゃんは死んではならん 絶対に死んではならん。 それをわかってない地上にいる白い液体が頭に詰まったきのこの胞子たち、つまり人間どもをな、わいらが全員ぶっ殺すまではわいらは死んではならんちゅうことや」
「なるほど」「では、私があなたの頭をかち割っても、文句は言えませんね?」
「あぁ?! いや、いや、嫌だなァ!」

ガツゥゥーーン!!

音が鳴る。
やる時、終わる時は一瞬だ。
別にこのジジイが嫌いだったわけじゃない。むしろ好感を抱いていた。だがこのジジイが“これでも本を読んでるほう”と言ったときから、私の頭の中に大きな好奇心の感情が芽吹いてしまった。そしてこの結果はその感情が花開いただけのことだ。私が気になったのは、“ジジイの頭の中身の液体は何色なのか”私にはそれが気になって仕方がなかった。頭皮をめくると、ぐちゃあん、と頭の皮が開く。中は… 黒だ。真っ黒だ。そう、これは確かに地獄の雨のような…、いや、さらに奥に何か━━━━
「はは…嫌だなぁ…」
僕はもう全部どうでも良くなっていく気分になった。 そう、結局は頭の中にあるのは黒い雨と、それから…もう何も考えたくなかった。
ザザ━━━━━━━━……ー…
僕は自分の脳を思い切り振り切って瓶で割った。頭の中には安物のラジオが入っていた。ひび割れていた。砕け散っていた。これが人生だった。

1998年9月16日、世界が終わった。

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