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ペクトラジ  第六部 「面白いおばさんたち」


事務所の敷地内の一画に、水道の蛇口が十個ほど並べられた水たまり場のようなものがあり、
人夫たちの手洗い場や、洗濯場として使用されていた。
その洗濯場は、夕方になると周囲に囲いが張り巡らされ、謎の場となっていた。
たまたまその日は囲いが半分とられていたため、剛の目にとまった。
好奇心の旺盛な剛はさっそくのぞきこんだ。
そこには数人の洗濯をしているおばさんと、その横で遊んでいる子供たちがいた。

剛がまず驚いたのは、洗濯の仕方が変わっていることである。
普通、洗濯といえば、桶と洗濯板で行うものであるが、そのおばさん達はいつまでも足踏みをするかのように、何か訳のわからない歌をうたいながら着物を踏み続けている。 

六月末ともなるとかなり暖かい。
洗濯を済ますと、突然おばさん達は素っ裸となり、行水を始めたのである。
傍にいた子供達も一緒に行水を始めた。
剛にとって、それは衝撃的で心ときめく初めての「母親以外のヌード見物体験」である。

行水が終わると、おばさんは白い木綿の布を
着て、胸のあたりで帯を締め、足がかくれるくらい長い服からちょっぴりはみだした足には、ビニール製の白いゴンドラのような靴が履かれていた。
そして、大きな籠に洗濯物を詰め込み、それを頭の上に乗せ、子供たちを連れて歩きはじめた。

 剛の胸は好奇心でいっぱいとなり、心ときめかせながら、一行の後をつけた。
着いた先は、五十メートル先の、桜幼稚園のフェンス際につくられた小さなバラック建築が数軒並んでいる部落である。

おばさん達はそれぞれの自宅に消えていったのだが、剛はその一軒の玄関先にぼんやりたたずんでいた。

そこへ一人の少女がひょっこり顔を出した。 
髪の長い、一重まぶたのきりっとした気の強そうな顔立ちをしている。 
少女は涼しい目となり、にっこり笑うと手招きした。
おばさんも別段とめだてする様子もなかったので、剛は家の中にあがりこんだ。
 家といっても、かまど一つと、部屋の真ん中に囲炉裏のようなものが備えられているだけで、家具は何もない粗末なものである。
そのうちに隣の少年と少女が遊びにきて、四人でさわぎはじめた。
剛は家の中でさわごうが、かけまわろうが、誰も怒らない。
そんな剛をみて、そのおばさんは優しい目つきで見つめ、笑顔を絶やさなかった。 

学校ではいじめられっ子の剛にとって、
ここではまるで別世界の天国にいるような心地よ
さを味わった。
 少女は5歳、剛が6歳の時のことで、パク家と剛の出逢いである。
 


冒頭の衣装は済州島に行ったときに撮影したもので
礼服である。
勿論、このような豪華でカラフルなものは
部落民には着ることができない。
白い木綿の上下に、胸のあたりで
帯を締めたいたって粗末なものであるが
それが当時の韓国女性の民族衣装であった。
そして、韓国女性は決して日本の服装はせず
何処に行くにしても、この民族衣装で
貫き通したのである。
ただし男は土方をしなければならないので
日本人の土方と同じ作業服と地下足袋だった。

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