ゴウハレラ
うつくしい、とは彼女のためにある言葉だろう。
浅瀬の洞窟の、くらく透明な青の水を思わせる瞳。それを湛えるはっきり上下に切り開いた瞼を、曲線を描く黒い筋が縁取る。その上に、たおやかな黒く太い弧の眉。そこには瞳という宝石を抱いた、まったき人の目という美があった。
彼女は、一事が万事、そのような有様だ。その流れるようなぬばたまの髪も、細くしなやかなのに筋張ったものが全く無い手足も。
痩身にの身体に、見間違いを疑うほど豊かな乳房も。
乳房には先端を隠すだけの、申し訳程度の布地が張り付いている。それだけではない。柔らかな布を贅沢に使った装束は、彼女の『雌』の部分を狙ったように露出している。
彼女は『卵』だから。
乳房から汗が谷間に流れ落ちる。それは篝火を反射して瞬いた。
壇上は暗闇を背に。
黒い装束と覆面の老人衆。きらびやかな装束を纏った側女。えも知れぬ彫像、織物、異物。
その中心に立つのが、彼女だ。『卵』だ。
見上げるのは、『潮』。男だ。ますらおだ。それが無数にひしめいている。『卵』の雌に当てられて、熱が、気が、雄が、高まっている。『卵』の髪が、手足が、乳房が揺れるたびに、熱が吹き上がる。
これより、朝まで。『潮』は島中で角力を行い、最強の一人を決める。そして、その最強のますらおが壇上で『卵』とまぐわう。
それが、ゴウハレラ。
「いかがする」
老人衆の一人が声を潜め言った。
「いかがも何も、ありえぬ」
別の誰かがすげもなく却下する。
「いや…裁可だ」
一人がふり返る。
そこには、おぞましいほど綺羅びやかな装飾だらけの、老婆がいた。
「女が、『潮』に名乗りを上げました」
「ゴウハレラにありぬこと」
「裁可を」
老婆は紫煙とともに答えた。
「…可とする」
老人衆がざわめいた。
「なにゆえ!」「なんの掟が!」「法あらんや!」
老婆は、綽々と答えた。
「…ポリティカル・コレクトネス。」
老人衆が揺れた。波が起こったのだ。あがない難き、時代の波が。
【続】
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