さて、花江夏樹さんについて語ろうか ~情熱大陸を見て~

人間とは、「忘れる」という特殊な能力を持つ生き物らしい。
悲しかったことや辛かったことを乗り越えて前を向くために、「忘れる」ということは非常に重要な能力なのだと。

情熱大陸で密着取材を受けた、花江夏樹さん。
「あまり良くないことだけれど」という前置きのもと、お母さんが亡くなったときの気持ちを「ちょっと覚えておこうみたいな思考が無意識にある」と語っていた。
“大切なものがなくなってしまう”ようなシーンでは、今でも当時の気持ちを思い出して演じているという。

余談だが、昔サッカー元日本代表監督のイビチャ・オシムさんの本で(こんな私もサッカーにハマっていた時期がある)、「『学ぶことがある』などといって苦労や不幸を不必要に肯定してはいけない」というようなことが書かれていてハッとしたことがある。
当時私はまだ何も苦労を経験したことのない高校生で、どこか苦労に憧れているような側面があったけれど、今に考えてみるとそりゃそうだ。辛い想いなんてないに越したことはない。

情熱大陸で花江さんが亡くなったご両親の話をし始めたのは、「自分の強さはどこにあると思いますか?」という質問を受けてだった。
一番泣いた日の気持ちを覚え続けている、一種の職業病。
自分の強みを訊かれた質問だというのに、回答は「悲しいですよね」の一言で締めくくられた。

これも無意識なのだろうか。
あるいは、おはスタやら鬼滅やらで子供を身近に感じる機会が多いからかもしれない。
職業柄どうしても辛い想いを覚え続けなければいけない性を、けして肯定はせずに、「良くない」「悲しい」と表現したことを、私はすごく花江さんらしいなと思う
確かに花江さんの泣く演技、特に家族を思って泣く演技にはいつも心を動かされるけれど、だからと言ってもし花江さんが「若い頃に両親を失ったから今声優として成功しています」などと断言してしまったら、花江さんに憧れて声優を目指している子供たちが、自身の両親の死や、それに匹敵するような悲しみを望むようになってしまうかもしれないから。

早くにご両親を亡くしたこと、そして程なくして一緒に暮らしていた祖母も亡くしてしまったこと、「家族が欲しい」と強く思って今の奥さんと結婚したこと。
花江さんファンには周知の事実とはいえ、ラジオや配信番組などでそのことについて話した回数は案外多くない気がする。
例え自身の人生に大きな影響を与えているとはいえ、“苦労人”や“努力家”といったレッテルを安易に貼られるのが嫌なのかもしれない。

今この記事を読んでくださっている花江さんファンの中には、大きな苦労を強いられている人もいれば、逆に順風満帆な日々を送っている人もいると思う。
でも花江さんの生き様は、どちらの人生のことも肯定し、応援してくれる
苦労をしている人には苦労を乗り越えて前向きに生きる未来を示し、順風満帆な人には思う存分楽しめよ!と笑いかけてくれる。
だから今日も頑張れる。

花江さんはこれからも演者として生きていく以上、人間に元来備わった「忘れる」という能力を裏切ってまで、悲しい想いを背負い続けなければいけないのかもしれない。
だからこそ花江さんには、一生分の悲しい想いを上回るくらいのたくさんの幸せを享受してほしいなと切に思う。

娘さんのことを「絶対に幸せにするんだから!」と笑う、花江さん。
“推しが幸せならそれでいい”――随分と定型化して、使い古されてきた文章だけれど、それでもやっぱり今花江さんの溢れんばかりに幸せそうな笑顔を見れて、私は本当に幸せだ。

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