性別規範を逸脱するということ

具体的作品をあげるのはどうかなと思うし、いい話と思う人が多いのは分かる。
けど、男性スーツを着ていた私はモヤっとした気分にしかならない。だってこの話は『女性らしくないから、【性別が分からない】』という事になっている。
多様性があっちこっちに飛び火して、現状「女性(男性)らしくない」だけでXジェンダーだとか性別が分からないだとか、ノンバイナリーなど、「女性」という枠から弾かれていく。

それ、多様性か?と思う。

私は男性スーツを着てた時、普通に女子トイレに入った。驚かれはしたけど、体格がどう見ても女なので驚きは一瞬だけだった。実際、私の体はどう見ても女なので、正直「男性スーツが合わない」(似合わないではなくて、男性と女性の身体は腰と尻+肩部分が違うので合わない)
男性スーツを着てた時は「そうしたかったからそうした」だけで、別に男性に見て欲しいとは思ってなかったけど周囲は微妙に「トランスジェンダー男性?」という空気感で見てきた。当時、私はガキだったのでそれも面白いと思っていたのだけど。今思えば、「男性スーツのデザインで女性用スーツをくれ」である。
尻のラインは目立たないし、ジャケットもポケットがいっぱいあって使いやすい。なぜ、男性用デザインと女性用デザインをきっぱり変えなくてはいけないのか、私はいまだに理解できていない。

そして、男性スーツを着たからと言って別に男性扱いする必要もない。というか、そんなに男女で扱いに差が出る方が気持ち悪くないのだろうか。そもそもの問題は「男女で扱いが違う事」+「女性らしい」「男性らしい」という性別規範であって、そこから逸脱してるからおかしいわけではない。

性別は体に沿っていていい。性別規範は取っ払えという話だと思う。でもこういうのはトランスジェンダーの人たちとは対立する。なぜなら、トランスジェンダーは性別規範をかたくなに守ろうとしてるから。特に活動家と言われる人はその思想が強いのかなと思う。そうじゃない人もいるだろうけど、大まかに眺めてても性別規範必須の人が多いのかなと思う。


そして、漫画の話に戻る。
これ、最後は「ピンクがいいと言った男の子の親が『それでは困る』といってきたことに対して、ランドセルがいろんな色になったように今の時代は変わっている。だから、親御さんに話してみる(主人公は保育士)」
というものだったけど。

確かに眺めてるといろんな色ではあるけど、残念ながらまだ男の子は黒・青・茶系で女の子は赤・ピンク・紫系という……うっすらとした規範がある。それでも女の子はカラフルになってきたけど、少なくとも男の子がピンクのランドセルを背負っていたら、いじめ対象になるのではないかなと思う。
もちろん、それがいいとは思ってないし、男の子も好きに選べばいいけど、ここで必要なのはまず、『親の心配が完全な杞憂』ではないという事。

「そんなことあるわけないじゃありませんか」と一笑にふせる人が9割ならば、そもそも親もそんな心配はしない。

だから、ここでは『ランドセルもカラフルなように時代は変わってますよ』と保育士が無責任な事を言うのは何の意味もない。
まずは保育士として『この園には、そんないじめをする子はいない事』『この園でそんな事が起きた場合、保育士が子どもたちを説得していじめの解決をすること』ここまでの話は必須。
その次、『小学校に入ったら』という話を親はするだろうから、「小学校の引継ぎでも配慮が必要ならそれを伝える」小学校でもいじめ対策のガイドラインのようなものはあると思うので、それを調べて親に伝える。

それらを伝えた上で、最後に『ランドセルもカラフル』という話を持ってくる。

という手順があるだろうなと思った。初っ端から、ランドセルもカラフルですよなんて、何の役にも立たない話を始めだしそうな漫画なのも『うーん』な点。

そもそも『いじめはダメ』だし、『他人の意見に文句を言う』のもアウトだから。『私は選ばない』というのを『女の子は選ばない』っていうのやめよう。話はそこからだと思う。

悪い話ではないけど、論点はそこではない……んだよな。

『他人の意見を聞く』
『性別で分ける必要がある事なのかを考える(身体に関する事なら、分ける必要はある事もある。医療や服装の話など)』
『【好きな色】は分ける必要がない事を理解する』
『自分が選ばない事を性別のせいにしない』
『相手の好きを否定しない』
『いじめは園や学校で対策がされている。(机上の空論のようなものもあるが、一応はなにか対応策があるハズ)』

多様性というボヤんとしたテーマよりも、この辺りのポイントを押さえてくれ……と思う。

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