見出し画像

村長の引継ぎ⑩

《開校式の準備》

 冬も終わり、いよいよ分校の開校式が近づいてきた。こうしたときの演説は村長に決まっていたが、本校の校長や市議も参加するので、村では十三年前の映画撮影以来の大きなイベントになりそうだった。

 映画撮影は、日本のドキュメンタリーもので、スターが来ると聞いていた村の連中はがっかりしていたが、スターを受け入れられる上品な家庭もなく、良かったべと副村長は言っていた。
 村一番の別嬪だった山那の娘さんは、普段化粧っ気がないのに、映画監督が村にやってきた日に念入りに塗りたくったらしく、作り物のような顔になり、親が注意したという話だった。

 ドキュメンタリーは日本の自然を保存するといった主旨で、山々や渓谷や村の家や生き物の撮影が主で、村人たちの場面は少なく、唯一、当時子供だった副村長の息子がインタビューに答えたという話だった。
 それが方言でよく聞き取れないシーンになっていて、村長は小此木村の良さを全国にアピールできるチャンスが無駄になったと憤慨していた。
 それについては、親譲りのなまりの強さを、映画監督としては入れたかったんじゃないかなと角島さんは解説していた。

***

 開校式の場は、村役場の会議室の三倍以上はある新築の分校教室となっていた。ただ、車で来るにはかなりの難所があるため、校長や市議には運転に長けた安田さんに迎えに行ってもらおうとしていた。

 しかし、校長や市議は公用車で行けないことが予想外らしく、秘書が電話向こうで困った声を出していたので、仕方なく山道の曲がり角に気を付けるようにと伝えるにとどまった。
市議の取り巻きも来そうだったので、村の入り口のゴミ施設の前を一時的に駐車場にし、三台ほど停まれるようにした。

 その日は日曜日で、夏合宿予定の十五名が一泊で来ていた。
彼らは前日に、村上さんの指導で全員山のふもとからこの村まで歩いてきており、村の主婦も総出で大忙しの歓待となった。
 合宿所に真新しい布団を敷いて、彼らは山登りでくたくたになって眠り、朝になって各リュックを開いて身支度をしていた。

 そこへ分校の十名が挨拶にやってきて、小1から小6までの二十五名が揃い、和気あいあいとした雰囲気になっていった。
 私も役場からの廊下を伝ってきて、みんなおはよう!今日はこの分校の開校式なので、8:45には下の体育館に集まってください!と声を張り、子供らの大きな返事に満足していた。

 式次第は下記の通り。

 9:00- 9:10 開校宣言(本校校長)
 9:10- 9:20 お祝いの言葉(来賓)
 9:20- 9:30 歓迎の言葉(村長)
 9:40- 9:50 お礼の言葉(生徒代表:山形正則君)
 9:50-10:00 村の歴史紹介(副村長)
10:00-10:10 小休憩
10:10-10:30 村のイベント上映(村役場事務)
10:30-10:40 中締め(山田先生)
10:30-11:00 村役場・分校・合宿所案内(村会議員)
11:00-12:00 保護者懇親会

***

 前村長の孫の山形君が役場の裏手でお礼の練習をしていた。お爺さんに添削してもらったという文章には何か所かに誤字脱字があったので、赤ペンで直してやると、一生懸命覚えてきたらしく、何度も赤ペンのふり仮名を繰り返していた。

 私は、近くの木の枝の上に座って何かをむしゃむしゃ食べている例の猿と目が合い、山形君に井戸の近くに行かないように注意した。私は近くの箒をもっていつでも戦える姿勢を取った。
 ノートに目を落としている彼が引っ掻かれでもしたら、式が台無しになってしまう恐れもあった。

 昨日は合宿の子供たちの受け入れとともに、鮒島さんと河野さんと役場の片付けをやって腰が痛くなっていた。河野さんはイベント上映で機材がうまくいくか心配で、オーディオが得意な角島さんの息子さんに手伝ってもらっていた。

 私は教室に張り出された式次第を見ながら、校長と市議が車でここまで来られるかを心配しており、七時半には出発すると言っていた秘書に連絡してみた。
 秘書は甲高い声で、校長と市議が一緒に行きます。そこまで行くのが危険だとわかったので、私が運転していきます!と興奮した様子だった。
 なんとかなりそうだった。ガードレールがなくて車幅の道しかありませんので、くれぐれも気をつけてください!と言うと、向こう側では、おはようございます!という挨拶が聞こえていた。

 副村長がいつものようにのこのこやってきたので、式次第を指さして、村の歴史は何を話すのか聞いてみた。あー、これね。これは前村長が書いた冊子があるから、これを読むだけだべ。嫌な予感がして、その十ページほどの冊子を見せてもらうと、案の定、彼特有の誤字脱字があったが、副村長に言ってもあたふたするだけだし、方言でわからないだろうと、そのままにしておいた。

 上階の合宿所では村上さんの大声と子供らの声が交互に発せられ、挨拶の練習をしているようで、山田先生合わせて総勢二十七名がばたばたする様子がしていた。

【村長の引継ぎ】
最初の話:
村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:
村長の引継ぎ⑨《分校の準備》
この話:
村長の引継ぎ⑩《開校式の準備》
後の話:
村長の引継ぎ⑪《開校式》


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?