電信柱の影 【頓挫】

話が収拾がつかず、頓挫してしまったのですが、設定が好みなので公開します。
いずれ続きを書くかも。

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僕はフリーの電信柱だ。

大学を卒業してから就職もせず、フラフラしていたところを種崎先輩に誘われたのだ。
種崎先輩は大学の二つ上の先輩で、某サークルで仲良くなった。坊主にサングラスという尖った風貌だが、つぶらな目をしてゆっくり喋る優しい人だ。

仕事のノウハウを教えてくれるばかりでなく、よく、居酒屋でプライベートの相談にも乗ってくれる。
無責任な正論を押し付けるわけでもなく、上辺だけの共感をするわけでもなく、心から親身に相談に乗ってくれる種崎先輩は、僕の心の師匠でもあった。フリーの電信柱を続けてこれたのも、種崎先輩のように成りたかったから、という理由も大きい。

その日は、そんな種崎先輩が珍しく、僕に助けを求めてきた。それは、彩子さんについてだった。

彩子さんは種崎先輩の彼女で、僕とは、『あの』某サークルで出会った。彩子さんは、目つきが鋭く、常に無表情で、誰も近寄らせないようにしていた。しかし、とにかく美人だった。

彩子さんが種崎先輩以外の人と話している姿は見たことがない。僕もその当時はまだ電信柱では無かったので、彩子さんの内面など分かりようが無かったのだ。種崎先輩は大学時代から電信柱をしていたので、彩子さんの事を理解出来たのだろう。種崎先輩曰わく、彩子さんは本当は寂しがり屋なのだという。種崎先輩はいつもいつも会う度に彩子さんの事を話してくれた。

「そんな彩子が、突然消えてしまった。」

種崎先輩は、いつものサングラスもせず、つぶらな瞳を露わにし、泣きそうになりながら、その時の様子を説明してくれた。僕はその間中、居酒屋のお通しの大根おろしを少しずつつまみ、口の中でモゴモゴとさせていた。

「二人で道を歩いていたらな、突然目の前から消えたんだ。彩子はきっと、地図には無い、地図の狭間に行ってしまったんだ。彩子はいつもそこを探していたんだ。だから、一人で行ってしまったんだ。」

彩子さんが地図の狭間を探していたのは、僕も知っている。僕らが所属していた『白地図サークル』では有名なことだった。
だけど、僕は種崎先輩の仮説には反対だった。
彩子さんが種崎先輩を置いて行くはずがない。電信柱になった今なら分かる。彩子さんが地図の狭間を見つけたなら、絶対に種崎先輩を連れて行く。
種崎先輩も、そんな事は解っているはずなんだ。僕よりもずっとずっと経験が豊富な電信柱だ。お見通しのはずなんだ。
種崎先輩は、彩子さんが意図せずにそこに迷いこんでしまったと考えるのが怖いんだ。種崎先輩が原因の可能性が非常に高いから。

いつだって、種崎先輩は街区表示板を首から下げて歩いている。これが俺だ、なんて誇らしげに。
種崎先輩は天性の電信柱だ。僕にもわかる。だからこそ、先輩が街区表示板を首から下げて歩くのは、危険なんだ。地図が歪む。白地図サークルでは、彩子さんと一緒に地図を歪ませは地図の狭間を探していた。
僕はといえば、いつも部屋の隅で、白地図を使って四色問題と戯れていた。種崎先輩が地図を歪ませると、五色目が必要になるのが、怖くて、面白かった。

ありがとう