マーケターがフェミニズムを学ぶべき理由(あるいは、炎上しないために最低限必要なこと)
先日、大学で講義をする機会があり、その中でマーケティングを仕事にする上で最も大事なのは「社会の変化の流れを読む」ということだ、と話しました。
海外のマーケターと日本のマーケターの違いを見ていて感じることはいろいろとありますが、こと時代の流れや社会の変化に対して敏感であるかどうか、という点では、日本のマーケティング業界は、極めて遅れていると言わざるを得ません。
ジェンダーの問題に極めて無頓着で、度々炎上を繰り返してなお、そのようなクリエイティブは後をたたないことがその一例です。
講義の中でもいくつか上げたように、良い事例はいくつかありますし、2019年が一つの大きな転換期であることも間違いないと思います。
時代は変わっていくし、おそらく広告主側よりも遥かに速いスピードでカスタマーの意識は変わっています。それらについてきちんと勉強しないのは単に無知であり大きなリスクであることを認識すべきです。
ドラッカーはこう述べています。
変化はコントロールできない。できるのは変化の先頭に立つことだけである
好もうと好まざると、これからも変わっていくでしょうし、変わらざるを得ません。
ということで、主に私より下の世代のマーケティング志望の学生さんに向けて、フェミニズムとマーケティングの関係性について書きます。
これからの社会で、人に何かを広めるときにとてもとても大事になることだと思っているから、よく考えてほしいのです。
ビジネスとしてのフェミニズム
今回、私は学問的な意味でのフェミニズムやジェンダーについて語るつもりはありません。それは非常に重要な観点ですが、今回の論点ではないのです。
この記事の論点は、ビジネスとしてフェミニズムやジェンダーの観点が、どのように取り入れられてきたか、ということです。
そのような観点でジェンダーを扱うことへの批判は一定存在するでしょうが、一旦その点はこの記事では横に置きます。
記事を読んでいただければ、ビジネス的観点で考えても、そういった観点をマーケティングに織り込まないことがいかに大きなリスクであることが、わかっていただけると思います。
ハリウッドから始まったコンテンツの変化
2012年から始まった「フェミニズム第四の波」は、 #HeForShe や #Timesup 、#MeToo などのムーブメントを発生させました。
最も大きな影響を受けた場所の一つは、ハリウッドです。#metoo ムーブメントはハーヴェイ・ワインスタインへの告発から始まり、日本でも大きく取り上げられ、全米(全世界)の女性を巻き込んだうねりとなりました。
アカデミー賞でも、ジェンダーは、人種差別(レイシズム)と並んで大きなテーマとなりました。というより、この2つのテーマを全く扱っていない作品がむしろ少ないと言えるくらいです。
今年も、「ボヘミアン・ラプソディ」「ROMA/ローマ」など、LGBTを含めたジェンダーが作品の大きなテーマになっている作品が多くノミネートされています。
コンテンツシーンでも明らかな変化が起きています。
主人公を女性にしてリメイク、という安直な発想で「ゴーストバスターズ」や「オーシャンズ8」が作られるという例もありますが、「マッドマックス 怒りのデスロード」「アナと雪の女王」など、従来の女性像にしばられない形で女性のキャラクターを描き、女性の開放が重要なテーマになる娯楽大作がヒットを飛ばすことは珍しくありません。
重要なことは、女性をステレオタイプに扱わなくても、(文学作品ではなく)娯楽作品として作られた作品が、充分な興行収入を上げていることです。
アジア系の俳優を多く起用した「クレイジー・リッチ」がアジア系アメリカ人の間でスマッシュヒットし、その後アジア系俳優を主役にした作品が複数作られたように、娯楽作品だからステレオタイプを利用しなくては売れないんだ、というような言い訳が通用しなくなっているのです。
このように、女性の描き方、フィクションの中での女性の自立や、観客の女性自身がそのコンテンツの中の女性の描かれ方に対して声を上げるようになったことで、ハリウッド映画は大きく変わっていきました。
もちろんこれは、テレビ作品でも同様です。Netflix、HBO などが作る作品を見れば、映画以上にこの傾向は顕著です。
フェミニズムとヒットチャート
様々なキャンペーンが立ち上がると同時に、フェミニズムはもはやかつての(不当な)イメージを脱し、クールでカッコイイものと捉えられるようになりました。
この変化において見逃せないのが、アーティストです。アリアナ・グランデやクリスティーナ・アギレラ、ビヨンセなどは力強いエンパワーメントソングを発表し続け、カルチャーの変化を支えました。
(Fall In LineやBeautifulはとても良いナンバーです)
アリアナ・グランデだってフェミニズムの信奉者で、彼女以上にクールなものなんて存在しないのに、フェミニズムがクールじゃないわけないですよね。
現代のヒットチャートに乗る多くの女性シンガーは、ジェンダーやアイディンティティ、人種などの問題と向き合い、そしてそれらをテーマにした作品を発表し、そして音楽として大きな利益を生んでいます。(日本のヒットチャートのことは一旦忘れましょう)
(フェミニズム+広告)=フェムバタイジング
ということで、女性を応援するような映画や音楽が売れるのと同時に、広告やマーケティング業界も変わってきました。
フェミニズムと広告(アドバタイジング)をあわせてフェムバタイジングという単語も生まれたほどです。(肯定的な文脈ばかりで使われているわけではありませんが)
2013年、世界でも大きく話題を読んだ CM が生まれます。
このダヴの「リアル・ビューティー・スケッチ」はカンヌで金賞もとりました。YouTube を通じて爆発的に拡散したことを覚えている人も多いはずです。
Always のキャンペーンも有名ですね。
「リアル・ビューティー」キャンペーン以降、エンパワーメントはごくごく一般的な概念として定着しましたし、更に「美容・ファッション業界」以外でもこのような流れは強まっています。
今年のカンヌでも、フェミニストによるアクションがグラスライオンを取っています。
男性社会の広告業界の中で、時には自分の性別を隠しながら仕事をしてきました。女性が少なかったため、周りの男性たちと同じように振舞おうとしたのです。しかし、5年前にやめました。ちょうどグラスライオンができた頃です。自分らしくあろうと自分自身を変えました。
不快なことに黙ってくれない時代
これらの事例が起きたことには、2つの理由があります。
一つは「女性の社会的地位が向上し、消費者としての購買力が高まったこと」です。女性が働かない時代であれば、確かに広告はデフォルト男性向け、というのは合理的だったかもしれませんが、今はそうではありません。
もう一つ、「女性が声を上げることは決して恥ずかしいことではない、むしろ声を上げなくてはいけない」という概念が浸透し、女性が不快に思うプロモーションやコンテンツが社会的に糾弾されるようになったことです。
いわゆる、炎上ですね。
フェミニズムとか言って、いちいちうるさいなあ、と内心思っている人もいるかもしれません。でも、考えてみれば、「これ嫌だなあ」と思っていた人は昔からいたんです。
例えば、話題を呼んだキャンペーンに「#KuToo」というものがありました。これは、パンプスやヒールなど、身体に負担をかけるフットウェアを強制する企業に対して行われたアクションです。
痛い、と思っていた人は昔からいたんでしょうが、今の時代になり少しずつ声が上がるようになったきた、という背景があります。
それは良いとか悪いとかいう問題とは離れて考えるべきです。声を上げることが評価される社会においては、誰かが声を上げるんです。
そういうものなのです。そうなっちゃったんだから、どう対応するか、ということを考えたほうが良いでしょう。
マーケターは何をするべきか
以前、こんな記事がありました(フェミニズムではなく広義のジェンダーの話ですが)。
こんな発言があります。
強迫観念として、ポリティカルコレクトネスに反してしまったら、僕の方が社会的に葬られるというのがあるんですよ
この気持は、理解できなくもありません。自分が発言していることがどの程度社会的に正しいのか、と常にチェックされている感覚は、愉快ではないでしょう。
だからこそ、ポリティカル・コレクトネスなど気にせず好き勝手に放言する人にSNSなどで人気が集まる、という部分もあるのでしょう。
しかし、マーケティングはビジネスです。個人が勝手につぶやいたところで、それは誰かを不快にしたり傷つけたりするだけです。しかし、マーケティングにおいてはそうではない。
ビジネスである以上、誰がどのような事柄について不快に思うか、声を上げるのか、ということは、知っておかないといけないことリストの一番上にある、ということです。
そんなに複雑な話ではありません。プロモーションなりPRなりマーケティングなりの仕事に関わりたいのであれば、人口の半分が不快になったり、傷ついたりすることは言わないようにしよう、ということでしかないのです。
自分がもし、何を発言して良くて、何を発言していけないのかわかっていないなら、それがわかるまで、黙っておくべきです。
この5年でどれほど女性が声を上げるようになったか、です。この5年、更にフェミニズムやエンパワーメントの概念は浸透するでしょう。
そのとき、何も勉強せずにいても、あなたは生き残れるでしょうか?
幸いにして、学ぶこと、耳を傾けることで、炎上するリスクは減らせます。簡単なことです。もし仮にマーケティングがビジネスであり、プライドの問題でないなら、そんなに難しい話ではないはずです。
「女性向けマーケティング」の終焉
もう一つ。
男性の経営層が会議室で考える「女性向けマーケティング」がもはや古いことがよくわかるのではないでしょうか。
これまでの「女性向けマーケティング」は、意思決定者が男性であることを前提にした上で、消費者としての女性をどう動かすか、という問題でした。
かつて「おんな・こども」と言われたように、女性は主体的な意思決定社として扱われませんでした。
マーケティングの意思決定の場に女性があまりに少ないことのリスクが、顕在化していると言えるのではないでしょうか。
マーケター個人がジェンダーや社会の問題を真剣に考えれば、企業も変わっていかざるを得ない、と私は考えています。
最後に
マーケティングには、世界を変える力はないかもしれない。しかし、世界の変化の先頭に立つことはできます。
そして、世界が進んでいく方向と、製品やサービスが発するメッセージをアラインさせることができれば、マーケティングは世界を少し、良くすることができる、と私は真剣に思っています。
エンパワーメント・マーケティングに力を入れたい、今後その方向でプロモーションしたいという方がいれば、お気軽に @yumaendo までご連絡ください!
世代ごとに、ジェンダー観は大きく違います。私より下の世代はもっと自由にジェンダーを捉えていると思うし、私も日々学ばなければいません。これからも多分いろいろと間違えるでしょうが、学ぼうと思っています。
フェミニズムについても、いろいろ良著はありますが、とりあえず一冊ということなら「82年生まれ、キム・ジヨン」をおすすめします。とてもいい本です。
励みになります!これからも頑張ります。