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「生きているだけでいい」のか問題

4月が誕生日という点には良い点と悪い点がある。

良い点は、桜が咲いてめでたい気分になれることだ。悪い点は新年度からすぐなので、仲良くなる前だということだ。

ということで、新年度でスルーされがちな僕の誕生日について覚えてもらいたい。4月9日だ。この記事を書いている今日、ということになる。


同じ誕生日の人にあったときにはさぞかし意気投合し、熱い抱擁を交わしたいところだが、残念ながら同じ4月9日生まれの人に会ったことはほとんどない。

1957年の4月9日はマルタン・マルジェラが生まれ、1963年の4月9日にはマーク・ジェイコブスが生まれている。これまた残念なことに、マルジェラのスーツも、マーク・ジェイコブスのバッグも持っていない。

1835年の4月9日にはベルギー国王、レオポルド2世が生まれている。彼はコンゴを植民地とし、さんざん現地人をこき使って「ヨーロッパ最悪の宗主」と呼ばれた。許しがたいことだ。

本名はレオポルド・ルイ・フィリップ・マリー・ヴィクトル

こういう輩とは、仮に道端で出くわしたとしても抱擁などしない。説教の一つもして、ベルギーに帰らせず新宿区に閉じ込めたいところだ。同じ誕生日だからといって容赦はしない。ものには限度がある。


4月9日の誕生日の人はあまり思い浮かばなくても、4月8日の誕生日の人間ならすぐに思い浮かぶ。祖母だ。


祖母は昨日の4月8日で94歳になる予定だった。予定だった、と書いたのは、その数日前に亡くなったからだ。葬儀の翌日が祖母の誕生日で、その翌日が僕の誕生日だった。

祖母とはちょうど60歳違いだ(った)。80代はずいぶん矍鑠として自活していたし、まあ、90になってもしばらく自分でスーパーにも行ってたし、年齢を考えればずいぶんと大往生ではある。

「90代なんだから仕方ないよ、まだ周りと比べても元気な方でしょ」なんて言っていたのだが、周りの90代と比べたところで本人にはなんの慰めにもならない。

祖母に「いつが一番楽しかったの?」と聞くと、「大学生の頃」と答えた。少女時代は戦争、それが終わったら戦後日本のシステムに組み込まれてしまったことを考えれば、ずいぶん苦労したのだろうと思う。

でも、90年生きていて大学生の頃が一番楽しかったのだとすると、彼女の70年弱は一体何だったんだろうな、ふと思ってしまう。


「生きているだけでいい」という言葉を聞くと。そうだよな、と思う。とりわけ、この年になると、それなりに死んでしまった人の顔も見える。間違った選択をした人もいる。何でもいいから生きていてくれればな、と思うことも多い。

でも、生きてると、なんだかんだ大変である。「だけでいい」なんて思えないことがたくさんある。

ひたすら寒かった能登

先日、奥能登までボランティアに行った。東日本はたくさんの死者が出て、東北は津波で丸ごと流された地域もたくさんあった。能登は津波はそれほどでもなかった。だから、押し流されず、殆どのものが壊れて残っている。

人生をかけて作った家が壊れてしまったり、仕事が全部なくなったり、そういうことがたくさんある。

すべてが壊れてしまっても、生きていかなくてはいけない。生きているだけで、素晴らしい。だけども。それは時に苦しい。


最後の見送りのあと、桜は満開だった。

生きている時は「生きていることのほうがしんどいだろうな」なんて思っていても、死んでしまえば「あと数日あれば桜も見れたのにな」と思ってしまう。結局、生と死を分かつ分水嶺はとても深く、明確だ。

ひとひらの花びらがふっと頬をなで、その瞬間に温かな春の風が吹き抜けた。ちょうど桜の花の一枚一枚が、その生命のサイクルを終えようとしている。

最後に付き添ってくれていた方から「結万さんと桜のお花見に行ったことを楽しそうによく話していましたよ」と聞いたことを思い出す。


見る側は毎年同じように桜が咲くように見えても、花の側からすれば、咲いて落ちるのは一度きりのことだ。桜の花は、道に落ちても汚れることなく、それが格別美しい。

ふと立ち止まって考えた。何をしてもしなくても、時は過ぎて、我々は歳を取っていく。桜は咲いてやがて散る。

でも、とにかく、生きていれば桜が見れるのである。そして、桜が見れるというのは、そんなに当たり前のことではないのだ。そして、その「当たり前でなさ」みたいなものの実感は、歳を取ることに、1年1年、より自分の中に各個たる実存として迫ってくる。


祖母の誕生日には満開だったはずの桜は、僕の誕生日には嵐で全部吹き飛んでしまった。

これはひとえに人徳の差だろう。ということで、この1年の目標は来年の桜を見ることである。

来年は善行を積んで、満開の桜とともに誕生日を迎え、この記事を読んだ誰かが来年も誕生日を覚えていて、ビールの一杯でも奢ってくれるのを期待するばかりだ。

励みになります!これからも頑張ります。