剣道部の話。(中編)
前回のお話はコチラ↓
放課後になると道場へ向かい、
先輩たちとダベりながら、同級生とは「るろうに剣心」ごっこ。
そんな毎日を過ごしてるうちに、
仮入部期間は終わり、いよいよ本入部となった。
「本入部」となっても、毎日やることは変わらない。
先輩方から、やれ
「◯◯先生はお酒の話になると、すぐ授業を脱線する」
とか
「△△先生は霊能力があるので、そういう話を振ると授業が潰れる」
とか
これから中学校生活を送って行く上で必要な処世術を教わり。
同級生との「るろ剣」ごっこは、ますます白熱し、
ボクはとうとう、飛天御剣流「龍槌閃」を極めようとしていた。
そんなある日。
いつものように部室へ行くと、
先輩たちの様子が、いつもの違うことに気がついた。
「何かあったんですか?」
と、尋ねると、
部長を務めていた先輩が、重々しく口を開く。
「ウチの顧問のY先生、来週から産休に入るらしいんだけど……
代わりに来る先生が、相当ヤバいらしいんだよね」
この剣道部がパラダイスだったのは、
顧問の先生が部活に顔を出さないから。
その理由は、「もうすぐ産休に入るから」で、
当然、そうなったからには代わりの先生が来る――
思えば、当たり前な事実なのだけれど、
それまで、全くそのことを考えていなかったボクは、
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「え? ヤバいって、どういう……」
「なんでも、ウチの県でもトップクラスの成績を持っている、
ガチの剣道家らしいんだよね」
……。
そんな先生が来たら、
もう「パラダイス・ロスト」どころの話じゃあない。
下手したら、
他の運動部よりも地獄を見ることになりかねないじゃないか!
その日の部活は、初めて全然楽しくなかった。
そして、暗澹とした気持ちで週末を過ごしたボクは、
週明け、とんでもないものを目にすることになる。
◇
「本日から、臨時でこの剣道部の顧問を務めていただくことになった、
S先生です」
そう紹介され、目の前に現れたのは、
筋骨隆々の大男だった。
「Sです! ヨロシクお願いしまっス!
友人からは、唐沢寿明に似てるって言われまっス!」
いやいやいや……
これはもう、どこからどう見ても――
「キム・カッファン」じゃーねーか!
あんまりピンと来ない人に説明すると、
キム・カッファンとは、
SNKの対戦格闘ゲーム(餓狼伝説や、キング・オブ・ファイターズ)
に登場するキャラクター。
ググっていただけると、
けっこうなイケメンが出てくると思うのだけれど、
その顔をちょっと潰したような感じを想像していただければと思う。
それがS先生――
いや、
「キム」だった。(部員間では、最初から最後までこの呼び名だった)
キム・カッファン似の、筋骨隆々の大男。
七段の有段者であり、大会では10本の指に入る実力者。
期間限定とはいえ、そんな先生に顧問になっていただけるのだから、
本来なら喜ぶべき事態である。
しかし。
こちとら、剣道を極めようと思って入部したわけでもなく、
未だ道着の着方も分からない小僧の集団。
なんなら、剣道のイロハよりも、
飛天御剣流の方が詳しいと言っても過言ではない。
ボクたちは、
もう、ただただ、恐怖するしかなく。
その事実を受け入れるしかなかったのである。
◇
稽古初日。
ガチガチに緊張していたボクたちは、
少々拍子抜けすることになった。
というのも、
素振りなどの基礎練習を終えた後は、
ほとんど先輩方の稽古を見る、見稽古だったから。
今まで考えたこともなかったけれど、
3年生の先輩方には、もうすぐ大会があるのだ。
剣道の試合は、1チーム5人。
当時の剣道部は3年生だけで10人くらいいたので、
2年生以下、特に1年生のボクらは補欠にも入らない。
つまり、部員に満遍なく稽古をつけるよりも、
大会までのわずかな期間、3年生を徹底的に強化しようという作戦だ。
そんな、先輩方の稽古の様子は、
今までの「サボり部」に比べたら、そりゃあ厳しくはなったものの、
意外や意外、ボクから見ても、そんなにハードには見えなかった。
ボクたち後輩に、
先生方のマメ情報を教えてくれた、部長のY先輩も、
女子に大人気のイケメン、S先輩も、
毎日気怠げに過ごしていた割に、稽古に付いていけている。
今思えば、この「サボり部」に成り果てていた剣道部の様子を
当時の先生方が把握していないワケがなく、
その情報を知っていたキムは、かなり手心を加えていたのだろう。
その証拠に、
「3年はもう時間がないからしょうがないけど、
大会が終わったら、2年と1年は覚悟しておけよ!」
そんなことを言って、キムは笑うのだった。
◇
大会までの短期間、先輩たちは本当によく頑張った。
毎日ダラケきっていた弱小部活が、
熱血先生の登場によって生まれ変わる――
今までテレビの前で観ていたドラマのような光景が、
今、自分の目の前で展開していることに、
少しもワクワクしなかったかというとウソになるだろう。
きっと、先輩たちも、心の奥では、
こういうスポーツにかける青春を望んでいたのだ。
ただ、思春期特有の、
斜に構えたがる部分が大きかっただけ。
それがキムとの出会いによって、
最初はイヤイヤだったかもしれないけれど、
真っ直ぐ進むことを覚えた。
たしかに、
大会までには時間が足りない。
本気になるのが、ちょっとだけ遅すぎた。
だけど、
先輩たちとキムのぶつかり稽古を見ていると、
「これは何かが起こるかもしれない……」
ボクは、そう思わずにいられなかった。
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