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クリスマスの記憶

2014年12月25日のクリスマス、私は東京にいました。
いつものように見たい展示を見て回っていたのですが、そのひとつが東京藝大で行われていた大学院の博士審査展でした。知り合いの作家、原美湖さんが参加されていたからでした。

原さんのことを知ったのは名古屋のgallery Nさんでのはじめての個展「それは毎日のように」でのこと。2013年の12月でした。
接着剤のグルーを写真や新聞の上に落としてイメージを写し取ったものを作品として展示していました。
ギャラリーの特徴でもある、通りに面した大きなガラス戸に、雨粒のようなグルーを一面に散りばめたインスタレーション作品がとても素敵だったんですよね。雨が降ったあとに陽が差したみたいに光を反射してキラキラしていて。

そのとき購入した作品がこちら。

「portrait / Matej」。
当時まだチェコのプラハから戻って来られてすぐのころで、この作品のモチーフになっているのもチェコで出会った男性でした。ガラスにグルーが接着されているのですが、光が当たると下にグルーの影が写って、より複雑な見え方がして面白いです。

会場では原さんともお会いすることができました。いろいろお話するなかで「これからどこへ見に行かれるんですか?」と訊かれて「3331でやってる東京藝大の進級展を見に行こうと思っていて」と答えました。すると「いい作家がいるんでぜひ見てきてください」と言って原さんが口にしたのが、井田幸昌さんの名前でした。
井田さんの名前はちらっと耳にしていて、というのもこの年の8月に日動画廊で行われた「未来展 -美大の競演-」という展示で原さんとともに準グランプリを獲ったことを、Nさんからかな?聞いていたのでした。

早速3331のメインギャラリーへ。「一二(ひとふた)展」という、東京藝大の油画専攻3年生56名による展覧会でした。
井田さんの作品は、入口近くにあったのか、そんなに探さずにすぐ見つかった気がします。ペインティング。正統派なぐらいのペインティングでしたが、一目見た瞬間に「いい絵を描くなあ」と感じました。美しくありながら、見る者につかみかかって揺さぶってくるような迫力も感じました。
作品を見ていると男性から声を掛けられました。
「作家の知り合いですか?」
突然声を掛けられて、係の人?でもなんで?と思いながら「違います」って答えました。そのときはそれで終わりました。

一通り見終えてもう一度井田さんの作品の前へ。やっぱりいいなあ、と思って見ていると再度男性から声を掛けられました。

「原さんの知り合いですか?」

あ!っと、そのときにようやく自分の聞き間違いに気づきました。「作家の」ではなく「原さんの」って言ってたのね。そして声を掛けてくださったのは、まさしく井田さんご本人でした。
あとから聞いた話では、原さんが事前に井田さんに連絡を入れてくださってたみたいで声を掛けてくれたのですが、私が「違います」なんて言うものだから井田さんは原さんに電話して外見の特徴を確認してくださってたらしい、、、私のポンコツな耳のせいで、、、本当に恥ずかしい。

その場でいろいろ話をさせてもらうなかで、来月に東京で個展があるということでDMもいただいて。これは絶対に見に行こうと心に決めたのでした。

そして年が明けて2015年の1月、Gallery b. Tokyoで行われた個展「The figure」にお邪魔しました。ギャラリーの前でタバコを吸っていた井田さんがこちらに気づいて挨拶してくださったのをよく覚えています。

個展を見ての感想は、、、3331で見たときの直感は間違っていなかったなと。才気迸るとはこのことを指すんでしょうね。大きい作品、小さい作品、厚塗りの作品、薄塗りの作品、確かデッサンの作品もあったはず。いろんなタイプの作品があって、とにかく描かずにはいられないという衝動に突き動かされていて、生まれた作品には相変わらずの気迫がこもっていました。

そのなかで作品が欲しいと思うのは自然ななりゆきだったと思います。自分でも購入できる価格、サイズの作品をと思い、最終的にはこの作品にしました。

「green」という作品です。
お値段は十万もしなかったぐらい。今となっては信じられないですよね。
それまで厚塗りの作品ってあまり好きではなかったのですが、井田さんの展示を見て厚塗りの良さに気づいたというか、厚塗りの作品も素敵だったので次は厚塗りの作品にしたいなとそのとき思ったのですが、もちろん次の機会なんて来なかったんですよね。残念ながら。

ちなみにこの作品は、この年に行われた藝祭での三人展のビジュアルにも使われていたんですよ。

「HEY!ATHENA」というタイトルで、参加されていたのが、井田さん、多田恋一朗さん、安井鷹之助さん。それぞれ今活躍されている面々で、今振り返ると豪華だったなあ、と。

その後の井田さんの活躍については改めて説明するまでもないと思います。
2016年に前澤友作さんが会長を務める公益財団法人現代芸術振興財団が主催したCAF賞で名和晃平賞を受賞、翌2017年にはレオナルド・ディカプリオ・ファンデーションオークションに最年少で参加して一説では20万ドルで落札されたとか。2015年の原さんの個展のオープニングで話が盛り上がったことから実現したらしい岐阜のなうふ現代さんでの2017年の個展「Banquet」は、初日から作品を求めるお客さんが数多く集まって「あんな経験したことない」とオーナーの武井さんが今でも語る盛況ぶりでした。
今年に入ってからもkaikaikiki galleryでの個展「King of limbs」や作品集の刊行と話題が絶えません。作品集は200部限定の特装版も販売されて、こちらは大作をカットしたものが表紙に使われるという豪華仕様も評判になりました。銀座SIXの蔦屋書店では、その特装版が一堂に会した展示が行われたばかり。

オークションでも1000万円を超える価格で落札されたり、周囲の熱狂ぶりは収まるどころかどんどん加熱しているような印象。それでいてご本人はあくまで絵を描くことに気持ちを集中させている様子が窺えて、環境が変わっても全然芯がブレていないなあと。描かずにはいられない、という衝動を作品からは感じて、それをこの環境のなかでずっと維持できるのはすごいことだと本当に敬服します。

原さんは2015年8月にギャラリーNさんで個展「甘い記憶」をされたあと、2017年に井田さんとご結婚されてお子さんがふたり産まれたこともあって思うように活動ができない状態でしたが、昨年2019年にギャラリーN神田社宅で久しぶりの個展「Self-portrait」を開催されました。
ご自身が焼いたクッキーを持ち込んでギャラリーじゅうが甘い空気に包まれていた「甘い記憶」のときに購入したのが、こちらの作品。

「Sweet memories no.2」。
バターやマーガリンの脂分で描かれたドローイングです。「時間が経つと輪郭がどんどんぼやけていくかも」と言われていたのですが、5年近く経った今でも当時とそんなに変わっていないような気がします。
この作品のモチーフとなっているのは原さんが子どもの頃の家族写真。対照的に昨年の個展では原さんと井田さん、そしてふたりのお子さんと、ご自身が築いた家族の写真をモチーフに作品を作っておられて、そこに年月の流れを感じて(以前から作品を拝見しているぶん余計に)グッと来てしまいました。
噂によると、今年年内じゅうに原さんの個展があるかもしれないということで、どんな作品が見られるのかとても楽しみにしています。


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