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ファルマコンを探して (3) バッグの落札といつかの展覧会

美術手帖1990年8月号に掲載された「ファルマコン’90」の紹介記事によると、この展覧会に投入された予算は4億5千万だそうです。ひとつの展覧会に!と驚きたくなりますが、幕張メッセを1ヶ月間借りる時点で相当な金額になっていると思われます(現在幕張メッセを借りようとすると1日約220万かかるらしい。30日だと6600万!)。
そこに巨大な作品の運送費や設置費用、会場の運営費や人件費なども加わると、巨額に思える予算も実はあっという間に使ってしまってむしろ足りなくなっていたのかもしれません。
もちろん入場料も取っていますが(当日料金:大学生以上1,000円、小人300円、パスポート2,000円)、きっと焼け石に水だったのではないかと思います。

そんな状況のなか、おそらく運営費の一部を賄うためだと思いますが、「ファルマコン’90」の開催に合わせてポスターとバッグが製作されました。

図録とは別にポスターとバッグの図版をまとめたカタログも出ていて、それを確認すると16人の作家が協力したようです。以下にまとめてみました。

⚫︎ リチャード・アーシュワーガー
⚫︎ ドナルド・バチェラー
⚫︎ サンドロ・キア
⚫︎ ヴァルター・ダーン
⚫︎ マーク・ディ・スヴェロ
⚫︎ 原口典之
⚫︎ ジェフ・クーンズ(バッグのみ)
⚫︎ ケニー・シャーフ
⚫︎ リチャード・セラ(ポスターのみ)
⚫︎ レイ・スミス(バッグは2種類)
⚫︎ フランク・ステラ
⚫︎ ドナルド・サルタン
⚫︎ 高松次郎
⚫︎ 若林奮
⚫︎ 山本富章
⚫︎ フランシスコ・クレメンテ

実に錚々たるラインナップです。
クレメンテの分は目次に(insert)とあって、別紙に刷ったものが挟んであったようなんですが、私が入手したカタログには挟んでいなかったので詳細は不明です。
しかし、アーティストが描き下ろした絵でオリジナルのバッグを作るって、いいアイディアだなと思いました。値段がいくらぐらいしたのか分からないですが、作品よりも気軽に購入できそうな気がします。
同じ大きさ・形状のバッグでも作家によって特色があって面白いです。基本的にはスクリーンプリントでedition50なんですが、高松次郎は手彩色、山本富章は木版刷り&アクリルを施していて50点それぞれが違う仕上がりになっています。そのほか原口典之はポリウレタン、若林奮は鉄がバッグにつけられていてこちらも50点それぞれ違いがあった模様。いずれも作家の特色が出ていて興味を引かれます。

とか言いながら個人的にはジェフ・クーンズのものも気になりました。

チッチョリーナとの「MADE IN HEAVEN」シリーズがデカデカとプリントされています。ジェフの“ふぐり”まで写っているそれを堂々と持ち歩く勇気はないんですけどね。

製作を担当したのは京都の一澤帆布。一澤信三郎帆布のホームページの「あゆみ」にはこの「ファルマコン’90」のバッグにも触れられています。

カタログには一澤帆布の代表・一澤信三郎氏の言葉も載せられています。

 このたび、アキラ・イケダギャラリーさんの発案により思いがけず楽しい仕事に参画することになりました。その着想のおもしろさ、まさかの組み合わせの斬新さ、奇抜さに胸ときめかせながら、カバンを作り上げました。
 「この絵は何やろう?」と首をひねりながら、職人たちも、夢のあるモダンアートとそれぞれが対話し、いつもとは違う解放感のあるひとときを過ごしました。昔ながらの手法で、裁断、印つけ、縫製、金具つけ、仕上げ……と作品が形になっていく心はずむ仕事でした。

一澤さんは現代美術に興味を持たれていたのかしら。それとも声がかかったから参加したという感じなんでしょうか。
そして同様に疑問なのは、これらがどのように販売されていたのか、ということです。図録もそうですが、会場の一角にショップとかがあったんでしょうか。
気になることはあれこれあるのですが、今の時点では謎のまま保留にするしかありません。

ということで、いつかどの作家のものでもいいから実物を見てみたいなあと考えていたのですが、思ったよりも早くその機会が来てしまいました。
何と、ちょうどタイミング良く、ヤフオクに出品されたのでした。金額も手が届く範囲だったので落札してしまいました。
で、届いたのがこちら。

まさかのアクリルボックスに入っている状態で届きました。そのせいでかなり大きいのですが、バッグ自体もなかなかの大きさです(カバン本体の大きさは38.5×55×10cm)。
ちょっと汚れがあるのを見ると、最初は使っていたけど、途中で額装したように思えます。持ち主が変わったのかもしれません。どちらにせよ大事にされていたんだろうなあと感じさせる状況で届きました。
バッグにはエディション(8/50)とサインも入っています。

裏にはちゃんと「一澤帆布」のタグが縫いつけてあります。

作家は誰かと言うと、サンドロ・キアというイタリアのペインターです。今回バッグを入手するまで全然知らなかったんですけど、1970年代後半〜80年代にかけてイタリアで起きた新表現主義「トランス・アヴァンギャルド」(現地読みだと「トランス・アヴァングァルディア」)を代表する作家です。
このキアと、フランシスコ・クレメンテエンツォ・クッキの3人が中心になっていてその頭文字を取って「3C」と呼ばれていたそうです。このふたりももちろん「ファルマコン’90」に出品しています。

しかし、サンドロ・キアって日本であまり展覧会が開かれていないようで、調べてみてもほとんど出てきません。西武百貨店で86年に「トランス・アヴァンギャルド」を紹介するグループ展には参加しているようですが、個展は出てきませんでした。
クレメンテは94年に、クッキは96年にそれぞれセゾン美術館で個展をしていて、クッキの方はふくやま美術館、川村記念美術館に巡回する大規模なものだったのを考えると、キアのこの扱いはちょっと寂しいものがあります。
とはいえセゾン美術館の個展も90年代半ばの話であり、「ファルマコン’90」が行われた当時、この辺りの作家は一般にどの程度認知されていたんでしょうか。

と、考えていてふと思い出した展覧会があります。1997年〜98年に開催された「イタリア美術1945-1995 見えるものと見えないもの」。当時高校生だった私は愛知県美術館に見に行きました。現代美術にまったくと言っていいほど触れてこなかった身にはただただ難解だった印象しか残っていないのですが、なぜかわざわざ図録を買っていたんですね。ひとりで美術館に行って図録を買うとか、ちょっと大人びたことをしたかったんだろうと思います。
もしかしたらこの展覧会でトランス・アヴァンギャルドも取り上げられていたのでは。そんな胸騒ぎがして慌てて押し入れを引っかき回して、出てきました。

当時の図録です。
急ぎリストを確認してみましたが、残念ながらキアは出ておらず。3Cではクッキが1点出品しているのみのようです。「トランス・アヴァンギャルド」が冷遇されている一方で、アルテ・ポーヴェラは大きく取り上げられている印象です。
「ファルマコン’90」の作家ではヤニス・クネリスの名前があります。アルテ・ポーヴェラの作家はアキライケダギャラリーのほかICA名古屋でも展覧会が開かれていましたし、豊田市美術館では97年と2009年にジュセッペ・ぺノーネの個展や2005年にはズバリ「アルテ・ポーヴェラ:貧しい芸術」展が開かれています。その辺りのことはまた改めて調べてみたいと思います。

こうして調べてみて感じるのは、名古屋においてはイタリアの美術が積極的に紹介されてきたんだな、ということ。両者に何かしらの親和性があったんでしょうか。だから名古屋に「イタリア村」が作られたのか!?なんてふと思いついたりもしましたが、これは完全に戯言です。

イタリア村は名古屋港ガーデン埠頭にあった複合商業施設で2005年にオープン。ヴェネチアの景観を模して建物が建てられていて水路ではゴンドラが運航していました。初年度は420万人もの入場者があったものの2008年には半減、同年経営破綻して営業停止になりました。たった3年という短命に終わって私は結局一度も行かずじまいでした。

それはともかく、高校生のころに見て難解だと思っていた展覧会に、20年近く経った今になって立ち返ることになるとは、、、当時の伏線を回収したようなスッキリとした気分でいます。


〈トップ画像について〉
本題とはまったく関係ないですが、イタリア村に触れたのでイタリア村の画像を何となく。せっかくだから一度くらい行ってみれば良かったなあ、と思いつつ。

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