TIME REMEMBERED

何となく書店をうろついていたらふと目に入ってきた、ビル・エヴァンスの写真。ビルを特集した文藝別冊(河出書房新社刊)が発売になっていたようでした。

サブタイトルにある「没後40年」の文字にビックリします。ということは私が生まれる直前に亡くなったことになるのか。

そんなことがあって久しぶりにApple Musicに入っている曲を流してみたりしているのですが、正直なところジャズについては無知もいいところ。辛うじてビル・エヴァンスの名前を知っているぐらいのレベルです。
ジャズって難解だと未だに敷居の高さを覚えてしまう自分がどうしてビル・エヴァンスには反応するのか、それは自分がコレクションした作品に関係があります。

新平誠洙(にいひら・せいしゅ)さんの作品。
ビルが演奏している動画のコマのひとつを描いていて、作品タイトルもそのコマの時間になっています(左が「00;33;44;00」、右が「00;33;42;20」)。
当時お会いしたときに動画のコマ全部描いてみたいと言っておられましたが、2015年に東京のCASHIでのグループ展に参加されたときはビルの顔と手をそれぞれクローズアップした作品が10枚ほど並べられていて、本当にコマ送りのような見え方をしていて驚きました。

新平さんの名前を知ったのは京都市立芸術大学での作品展。2014年はまだ京都市美術館と学内とで行われていて、大学院修了だった新平さんは学内で展示されていました。このときは傾向がひとつひとつまったく違う作品を出していて、その幅の広さに圧倒されました。
このときの作品は以下のブログに画像つきで詳しく載っているのでこちらを見ていただくのがおすすめ。

http://h2.hatenablog.com/entry/20140224/1393216491

文中に出てくる毛布のような毛羽立った支持体に描かれた作品、あれは本当に遠くからは老人の姿に見えるのに近づくと一気に像を見失って、その対比が実に面白かったです。
ただ、やはり自分のなかでいちばん印象に強く残ったのが、ビル・エヴァンスを描いた作品でした。リアルで上手なんだけど、決してそれだけではない。当時は描かれているのがビル・エヴァンスだとすら知らなかった(だからピアノを弾いている姿とも知らなかった)けれど、男性の憂いのあるたたずまいからは技術だけでは絶対に醸し出せない「色気」のようなものを感じて引き込まれました。
おかげで展示を見終わったあとには「この人の初個展があったら絶対作品を買う!」と決意していました。それぐらい惚れてしまったんですよねえ。

待ちに待っていた個展の知らせが飛び込んできたのが、一年ちょっと経った2015年のこと。大阪のアートコートギャラリーで開催された「window upset」です。
たまたま展示初日にうかがうことができたのですが、ギャラリーで上の画像の作品と出会ったとき思わず息を飲んでしまいました。ビル・エヴァンスの作品があるということに驚いたのでした。もちろんあのとき見たものよりサイズはだいぶん小さいけれど、修了制作で見たときの感動を蘇らせるには充分すぎるぐらい、あのときに感じた「色気」がその作品からもしっかり漂っていました。
作品は一点ずつ販売されていたのですが、それでは意味がないと思い、二点セットで購入しました。あれから5年が経とうとしていますが、今でも大好きで、大事な作品です。

その後も展示を見たり、フェアで違う作品を購入したりしているのですが、昨年は名古屋芸術大学で田村友一郎さんが立ち上げた「シリーズ平原」というトークの第一回ゲストに招かれて、幸運にもタイミングが合って私も拝聴することができました。

田村さんと新平さんは、2018年に京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで行われた田村さんの展覧会「叫び声/Hell Scream」に新平さんが「絵仏師義秀」として参加するというご縁がありました。
それだけでは理解されづらいと思うので説明を加えます。京芸のコレクションを元にした展覧会をとオファーを受けた田村さんは、京芸の前身である京都府画学校を設立したひとり・田能村直入に着目します。雅号を「小虎」としたことから直入を虎に重ねて作品は展開していきました。
そしてもうひとつ「地獄変」と題されたアルミ板の屏風が展示されていました。直入と富岡鉄斎、ふたつの顔が交錯する摩訶不思議な屏風です。これは親しかったはずの鉄斎が直入の死後友人に宛てた手紙に「直入は地獄で絵を描いている」と描いたエピソードに「地獄変」を重ねたもの。田村さんの依頼を受けて新平さんが「絵仏師義秀」として制作したのでした。
「シリーズ平原」のトークではふたりからこの展覧会の裏話が聞けたほか、新平さんは学部生時代に描いていた作品の画像をスライドで見せていたり、なかなかレアな話が聞けてとても充実した時間でした。

そのとき久しぶりにお会いした新平さんにもお話していたのですが、ちょうど同時期にビルのドキュメンタリー映画が公開になりました。

ビルの楽曲から取って「BILL EVANS TIME REMEMBERED」というタイトルがつけられたこの映画。日本で公開された2019年はビルが生まれて90周年というメモリアルイヤーだったみたいです。
マイルス・デイヴィスのバンドに加わり名盤と名高い彼のレコードにも名前を残し、自身のバンドもまた評価を得て音楽的成功を手に入れる一方で、バンドのメンバーの事故死、恋人や兄の自殺、そして本人は薬物乱用で苦しむなど暗い影がまとわりつくことの多かった人生。もし誰かひとりでも亡くならずに生きていれば、もしビルが薬物に手を出さなければ、ビルの音楽人生は変わったんだろうか。ただ、もしそうであればビルの演奏に感じる美しさはなくなってしまうのかもしれない。そう思うと美というものの厄介さを感じずにはいられませんでした。
映画のポスターにも使われている、極端なほど盤面に顔を近づけて、うつむくように弾くビルの姿。ピアノを弾いているときこそが幸せだという感じが伝わってきて、どこか切ないです。

何となく画像を見ていて、文藝別冊の表紙写真と新平さんの作品、どちらもビルの雰囲気が似ていることに気づきました。何ならネクタイの柄が同じにすら見えるんですけど、どうなんでしょうか。
せっかくビルのことをより深く知れる機会だし、文藝別冊、買ってみようかなあ。

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