ファルマコンを探して (11) 展示風景が見てみたい part 3
新たな雑誌記事検索システムを使うことができ、また新たに「ファルマコン’90」関連の記事を入手することができました。なかには展示風景を載せているものもあったので、ここでまたしても取り上げてみようと思います。
まずは「日経アート」90年9月号。
第6話で取り上げた「美術手帖」のものと撮影場所はほとんど変わらないですが、角度が違うので原口典之の「Untitled FDS」と「Untitled FBS」の展示状況がよく分かるようになっています。
その手前に天井から吊り下げられている作品はマイケル・ハイザーの「Charmstone #4」です。
残念ながら本文では、日本の現代美術市場は脆弱だという話題のなかで少し触れられている程度で、展評やレポートが掲載されているわけではありませんでした。
続いては「AERA」90年8月14日号。「大赤字覚悟でわが国初の現代美術展」というタイトルで掲載されています。
こちらではお金の話がやや詳しく書かれています。
幕張メッセの展示場は、1ホールを一日借りるのに約200万円かかる。同展は2ホールを24日間借りるので、会場使用料だけで約1億円支払わなければならない。
しかも、同展事務局によれば、収入は入場料とポスターやオリジナル・バッグなどの売り上げだけだというから、大赤字は覚悟の上なのだ。
もっとも出展作品の約7割は国内にコレクションされているもので、その多くはアキライケダ・ギャラリーを通して売買されたものなのだが。
24日というのは実質的な会期で、搬入・搬出がそこに加わってくるので更に使用料は増えることでしょう。それにしても会場使用料だけで1億円というスケールの大きさには改めて驚かされます。
展示画像はふたつで、まずはジェームズ・ローゼンクイストの巨大な作品。
作品の巨大さを表すために人物を入れているのは以前紹介した「芸術新潮」のものと共通しています(第2話参照)。
そしてもうひとつも見覚えのある構図の写真です。
「美術手帖」90年8月号のものと同様(第6話参照)、上階から撮られたと思しき風景ですが、こちらの方が奥まで見通せて会場の雰囲気がより分かるような気がします。
「FOCUS」90年8月10日号は自身の作品の前でチチョリーナと並んで立つジェフ・クーンズを大々的に取り上げています。
個人的に気になったのが床の部分。自然光が入っていたんだなと。まあ、作品に当たらないよう配慮されていたとは思いますが。
そして注目すべきは「週刊新潮」90年8月9日号。5ページにわたって「ファルマコン’90」の会場写真がたくさん掲載されていて見逃せない内容になっています。
そのなかからまずは貴重な搬入中のものを。
トップページに使われていたのがこちら。作品はマーク・ディ・スヴェロの「To Intuit」。パワーショベルとH形鋼とが合体したもので重さ7.8トンもあるのだそう。また中央部分がブランコになっていることはこの写真ではじめて知りました。観客が座れたのかどうかはよく分かりませんが。
写真に添えられた文章によると、自転車で進行具合を見て回っているスタッフのランチタイムなんだそうです。
7m近くあるジェフ・クーンズの作品を数人がかりで運んでいる様子も。
設置された作品の前でポーズを決めるおふたりの写真もありました。
もうひとつ設営中の写真がありました。
すっかりおなじみのローゼンクイスト作品ですがこれは貴重なショット。クレーンのオペレーターに指示をしながら作品の設置をしているように見えます。さすがにこれだけ大きいとクレーンが必要なんでしょうかね。
話は逸れますが、アートバーゼルのサイトにこの作品が掲載されていて、どうも2016年に出品されたようなんですが、実際に現地で展示されたんでしょうか。何度か画像を見ているうちに実際の作品を見てみたくなりました。
以前にも出てきたリチャード・セラ「Marilyn Monroe-Greta Garbo」。
こうして見ると表面の傷がはっきりと見えて生々しいですね。
そしてウォルター・デ・マリア「360° I Ching」。隅で見切れているものはこれまで何回か出てきましたが、メインで写っているのを見るのはこれがはじめてです。
赤いカーペット内に立ち入らせないために仕切ってあるのが分かります。あと、気になったのが、奥の壁に開けられた正方形の穴です。この穴はいったい何のためにあったのでしょうか。例の見取り図(この記事の下のほうに再掲しています)にも穴はしっかり書き込まれていて、その裏側の壁にはエンツォ・クッキの作品がかかっていたようですが、画像を見る限りでは何のためか判断がつかず謎が深まります。
そして今回最大の収穫はこちらです。
バッグが会場に展示されている様子を見ることができました(床に木材などがとっ散らかっているようなのでもしかしたら搬入時のものかも)。
この写真もまた男性らしき人物が写り込んでいますが、男性の目線よりもかなり高い位置に展示してあるように見えます。盗難を防ぐためでしょうか。
そしてキャプションには価格という重要な情報も載っています。20〜80万ということで、だいぶん開きがあったんだなあというのが正直な感想。まあ、日本人作家のものは手彩色だったり1点ずつ表情が違ったりしていたようなのでその辺りも関係しているのかもしれません。
ちなみに壁のバッグの作家についてはカタログと突き合わせて以下にまとめました。
(上段左から)
⚫︎ ドナルド・サルタン
⚫︎ 若林奮
⚫︎ フランク・ステラ
⚫︎ マーク・ディ・スヴェロ
⚫︎ ジェフ・クーンズ
⚫︎ 原口典之
(下段左から)
⚫︎ レイ・スミス
⚫︎ レイ・スミス
⚫︎ ケニー・シャーフ
⚫︎ リチャード・アーシュワーガー
⚫︎ ドナルド・バチェラー
⚫︎ 高松次郎
画像にないのは、ヴァルター・ダーン、サンドロ・キア、フランチェスコ・クレメンテ、山本富章の4氏のもの。右側は壁がもう迫っているように見受けられるので、左側にあと2列展示されていたのだと思います。
このバッグが展示されていたのは、見取り図の51番の裏側、ちょうど出口に向いている壁です。
見取り図を見ると壁は3つに仕切られています。そのうちのひとつがバッグだとすると、残り2つの壁にはポスターが展示されていたのでしょう。ひょっとしたらAC&Tが制作した版画作品も紹介されていた可能性もあるかも、なんて想像もしてしまいます。
あともうひとつ、第6話でも触れましたが、天井から垂れ下がっている謎の幕。この画像からは壁の向こうにストンと垂れているように見えるので、やはりこれは関口敦仁作品のものなんでしょうかね。図録にその作品が載っていないので、これはあくまで謎のままです。
「ACROSS」90年9月号にも「ファルマコン’90」のレポートが会場風景とともに掲載されていました。ちなみにこの雑誌はパルコがファッションやカルチャーを研究するために設立したシンクタンクが刊行していたもので、現在はWebに移行している模様。
まずはお馴染み「ローゼンクイスト+人物」の組み合わせ写真。これはもう定番になっていますね。サイズ感を出すには手っ取り早いのかもしれません。
ただ、若いカップルらしき男女が作品に背を向けて歩いている瞬間を撮っていて、その切り取り方がどことなくオシャレに感じます。
ウォルター・デ・マリアの作品を覗き込む女の子の姿。
こうして見ると作品の大きさがリアルに伝わってきて圧倒されます。床に並べられた棒の一つが女の子の身長ぐらいあるんじゃないか、という。実際この展示空間は一辺が28メートルもあります。そんなスケールのインスタレーション、自分は過去に見たことがあるんだろうか。作品の前に立って見ると本当に壮観だったと思います。こんな鑑賞体験、一度はしてみたいですね。
「ACROSS」には他にもまだまだ写真が載っています。どちらかというと展示風景というよりは作品と人物を撮っていて、どうも「どんな人がこの展示を見に来ているのか」に焦点を合わせているように感じられます。
(左)大竹伸朗「Retina #9(Brown Head)」を鑑賞するカップル。見取り図では30番で、会場の奥のほうです。
(右)ローゼンクイストの作品の前を歩く親子連れ。奥にあるのはエンツォ・クッキの「Untitled」。こちらも横7mの大作です(この裏にあるのがウォルター・デ・マリアの作品)。
記事が「どんな人がこの展示を見に来ているのか」に注目していることは文章からも窺えて、その辺りについて端的に触れた部分を引用します。
実際幕張メッセという場所がらもあるだろうが、いかにもそれらしい人より「普通」の人が多く、若者、中高年、家族連れなど幅広い年齢の客層が、思い思いの距離から作品を眺めていた。同じ時期にメッセで開催していた「恐竜展」の帰りに立ち寄ったらしい親子も全く違和感なく現代美術を「鑑賞」しており、当然のことながら人々の表情には屈託がない。
上の親子連れも「大恐竜博」の帰りだったんでしょうか。「大恐竜博」は結構混んでいてそれだけでもうぐったり来てしまいそうですが、更に訳わからない(かもしれない)現代美術の展覧会も見るって、当時の人は今よりもっと体力があったのかもしれないと思います。
(左)マーク・ディ・スヴェロ「To Intuit」のブランコ越しのカップル。
(右)舞台装置のような山本富章「Festival on the Stage」の前で話し込む二人連れ。この作品は横14メートルもある巨大な作品です。見取り図では49番。
(左)どうやら草間彌生のコーナーらしい、ということは見取り図の28番のブース内の様子です。手前の船の作品は「Behind the Illusory Adolescence」。左奥は「Stamens Sorrow」。123個の箱からなる作品で、図録とは組み方が異なるようです。右奥は「Red Dots」。12個のパネルが組み合わさっていて縦約3.9m×横約7.8mもの大作です。
(右)図録を見ながら随分悩んだのですが、左の作品はロバート・ラウシェンバーグ「Braggart(Shiner)」ではないかと。2次元と3次元の素材を組み合わせた「コンバイン・ペインティング」のひとつで、平面にショッピングカートが突き刺さっているのですが、この画像はちょっとそのあたりが分かりづらいかもしれません。
右の作品は同じくラウシェンバーグの「Untitled(Copperhead)」。見取り図は2番。すなわち壁の奥にはウォルター・デ・マリアのインスタレーション、手前はボロフスキーのビニール人形という位置関係です(上の「AERA」の画像を見るとよく分かります)。
掲載されていた画像は以上。「ACROSS」の展示風景は他にない作品が載っていたり臨場感が伝わってきたりで充実した内容でした。
最後に「ACROSS」の記事の締めの文章を引用して終わりにしたいと思います。
主催者によると、土日で1,500人、平日は700人と、あまり動員のかからない現代美術展の中では健闘しているという。「ファルマコン」は非常に大規模なものなので、毎年開催することはできないが、4年周期ぐらいで継続していきたい意向だそうだ。
「ファルマコン」が当初継続的に行うことを念頭に置いていたことは以前に別の記事を読んで知っていましたが、今回はじめて「4年」という具体的な数字が出てきました。もし本当に継続して開催されていたら、今各地で行われている芸術祭の先駆けとなっていたかもしれません。
もし「ファルマコン’94」「ファルマコン’98」が行われていたら、いったいどんな作家のどんな作品が幕張メッセで展示されていたでしょうか。ちょっと妄想してみたくなります。
〈トップ画像について〉
「anan」90年8月10日号に掲載された紹介記事。
美術展の情報を載せるスペースがあったことに驚かされますが、同時に取り上げている作家の選定が渋いというか、なかなか玄人好みというか、、、バスキア、ウォーホール、ヘリングといったメジャーどころを並べた方が反応は良いような気がしなくもないですが、これを読んで興味を持ったanan読者がどれくらいいたのか気になるところです。
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