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ファルマコンを探して (4) 経営者は現代美術の夢を見るか

図録には作品リストが載っていて、作品の所蔵先も記載されています。せっかくなのでリストにしてまとめてみました。

⚫︎ 個人蔵(日本) 72
⚫︎ 個人蔵(海外) 14
⚫︎ 株式会社 福武書店 2
⚫︎ 有限会社TES 12
⚫︎ ツルカメコーポレーション 35
⚫︎ 川村記念美術館 1
⚫︎ Dia Art Foundation 1

⚫︎ 作家蔵(日本) 22
⚫︎ 作家蔵(海外) 1
⚫︎ アキライケダギャラリー 5
⚫︎ 作家&ギャラリー 4
⚫︎ 海外ギャラリー 22

こうして見てみると、日本のコレクターが貸し出している割合がかなり高いのに気づきます。いったいどんな人が購入されていたのでしょうか。図録に掲載されている池田昭氏の謝辞のなかに滝顕治氏の名前を見つけました。
滝顕治氏とはもちろんケンジタキギャラリーのオーナーです。当時はまだギャラリーを始められていない頃(開業は1994年)なんですが、会社勤めとかされていたんですかね。作品を貸し出した方への謝辞のなかに名前があったということは、「ファルマコン’90」のなかに滝さんが所有していた作品があるということ。ご自身のギャラリーでも展示をした原口典之さんや若林奮さんでしょうか。いつかご本人に伺ってみたいです。

そして今回取り上げたいのは、「ツルカメコーポレーション」という会社です。リストによれば35点を貸し出しています。

⚫︎ ドナルド・バチェラー 2点
⚫︎ ミケル・バルセロ 2点
⚫︎ ゲオルグ・バゼリッツ 1点
⚫︎ ジャン・ミッシェル・バスキア 3点
⚫︎ バスキア&ウォーホール 1点
⚫︎ ロス・ブレックナー 1点
⚫︎ ジェームス・ブラウン 1点
⚫︎ チェマ・コボ 3点
⚫︎ ジョージ・コンド 1点
⚫︎ エンツォ・クッキ 2点
⚫︎ ジリ・ゲオルグ・ドクピル 2点
⚫︎ ジュゼッペ・ガロ 2点
⚫︎ ヤニス・クネリス 1点
⚫︎ アグネス・マーティン 2点
⚫︎ A.R.ペンク 1点
⚫︎ ロバート・ラウシェンバーグ 1点
⚫︎ ケニー・シャーフ 1点
⚫︎ ジュリアン・シュナーベル 3点
⚫︎ レイ・スミス 1点
⚫︎ ダグ&マイク・スターン 1点
⚫︎ フランク・ステラ 1点
⚫︎ 高松次郎 1点
⚫︎ 山本富章 1点

なかなかすごいコレクション。「ファルマコン’90」では作品を貸し出すだけでなく協賛にも名を連ねています。
いったいどんな会社なのかと検索してみたらあっさりと結果は出てきました。1966年「宝石の鶴亀」として訪問販売を始めたところから始まり、当時は不可能だとされていたジュエリー専門店のチェーン化を成し遂げました。93年には名古屋証券取引所市場第二部にも上場。現在は会社名が変わっていますが、今でも名古屋に本社を置いています。
その創業者こそが今回取り上げる小島康誉氏です。

中央で社員と談笑している人、それが小島氏です。坊主頭なのは知恩院などで修行して僧侶となっていたから。僧侶が宝石販売!?と驚いてしまうのですが、そのあたりからもなかなか規格外の人物であることが伺えます。
小島氏がどう現代美術と出会って興味を持ち関わるようになっていったのかは分かりませんが、明確になっているのは84年、屋号を「宝石のツルカメ」から「ツルカメコーポレーション」へと変更すると同時に多角化の一環としてアート事業を立ち上げている点です。

小島氏のことを調べているうちにご自身のブログに行き着きました。「ファルマコン’90」に関係するものは載っていないか、、、基本は小島氏が行っている新疆ウィグル自治区でのボランティアに関連したものが主なのですが、たまに当時の話題が出てきます。
例えば、2016年前澤友作氏がバスキアの作品を62億で落札したニュースを知ったことから、ブログ「シルクロード国献男子30年」第22回で書かれていたのがこちら。

ふた昔前の社長時代にジュエリー専門店チェーン事業で今日の業績をあげ、アート事業で明日の業績のタネをまいていた頃、彼の作品も多数買い付けていたからです。その肉体から噴出すような躍動感に魅せられていました。バスキアふくめ一時は日本でも有数の品揃えだったのでは。異文化紹介も企業の役割ととらえて、作品を東京国立近代美術館や国立国際美術館・名古屋市美術館・北九州市美術館・グッケンハイム美術館・ベルリン美術館などへ貸し出しもしていました。

2019年のバスキア展がスタートする前の「国献男子ほんわか日記」71回には「ジュエリー事業で今日の業績をあげ、アート事業で明日の繁栄の種をまいていた」という言葉とともに、当時の会社案内に使われた作品の数々を見ることができます。

また同ブログの73回にはバスキア展を見た感想が記されています。

TV局が撮影中でした。取材してくれたら「30年ほど昔に社長していたツルカメコーポレーションのアート事業部の在庫のひとつ」と答えたのに、残念(笑)。
じっくりと参観しました。買い付けていた頃は、もっと迫力を感じましたが、当方の老化か、時代変化でアートも多様化し今では見慣れた表現だからか、30数年前の鮮烈な衝撃はありませんでした。でもでも嬉しい再会、シルクロードの疲れが消えました。

こうした文面から判断するに、アート事業部というのはセカンダリーに近いものかもしれません。買った金額と売った金額の差額で利益を出すという。ただ、作品の価格が上がるにはそれなりの時間がかかるので、それで商売して利益を上げるのは難しかったのではないでしょうか。

アート事業部を立ち上げてから3年後の87年、ツルカメコーポレーションは次なる一手を打ちます。伊藤忠商事、アキライケダギャラリーとともに株式会社エーシーアンドティーコーポレーション(以後はAC&Tと表記)を設立したのです。
このAC&Tで取り扱われたのは一点ものの作品ではなく、版画やマルチプルなどより広く流通させられるものだったようです。一点ものに比べたら作品の価格も抑えられるので、普段なかなか実作品を見られない海外作家の作品を多くの人へ行き渡らせることも可能になったのではないでしょうか。

AC&Tは設立した当初は展示のたびにカタログを作っていたようで、アート系の図書館で検索をかけてみるといくつか引っかかってきます。とりあえず見つかったものを列記しておきます。

⚫︎ ジェームス・ブラウン 88,91
⚫︎ 原口典之 88,90
⚫︎ フランク・ステラ 89
⚫︎ サンドロ・キア 89,91
⚫︎ ケニー・シャーフ 89,91
⚫︎ レイ・スミス 89
⚫︎ ドナルド・バチェラー 90
⚫︎ チェマ・コボ 90
⚫︎ 山本富章 90
⚫︎ 高松次郎 90
⚫︎ 若林奮 91

見事に「ファルマコン’90」の作家と重なっていますよね。
カタログには価格表も差し込んでありました。こちらはサンドロ・キアのもの。

おそらく当時のキアのペインティングの価格は数百万〜数千万ぐらいしていただろうから、それと比べたら90万という価格はきっと安いものだったんでしょう。まあ、私みたいなお金のないコレクターからしたらこの金額でも結構ビックリしてしまうのですが。
ちなみに日本の作家だともう少し価格は下がるみたいです。例えば原口典之になるとこんな感じ。

高松次郎の場合。

美術手帖1990年10月号に掲載のドナルド・バチェラーのインタビューにもAC&Tの名前が出てきます。

ーまず、今年の春に日本にいらっしゃったということですが、そのときの印象をお話していただけますか。
バチェラー「AC&Tという会社のためのエディションをつくっていたのですが、かなり一生懸命仕事をしていたので、何も印象が残らなかったという感じです。」
ー今回の来日で印象に残ったことはありますか。
バチェラー「かなり『ファルマコン』のほうにいたので……。AC&T社の方が毎日、ホステスがいるようなバーに連れていってくれたので、カラオケを歌って、銀座と六本木と青山に行きました。」

銀座や六本木ではタクシーが捕まらなくて万札を振っていた、というバブル期のエピソードを思い出すような話です。今では考えられないですが、そんな時代だったんですよねえ。
ちなみに当時制作された作品は今でも流通していて、tagboatのホームページにはまさに上のインタビューで語っていた時期の作品が掲載されていました。

他の作家でも同様のことはあるようです。ギャラリーが企画した展示で、当時の作品で構成されたものもいくつか見受けられました。

当時のDM画像も調べていたら出てきました。

実店舗のギャラリーは表参道の近くにあったようです。(今はピエール・エルメを運営する会社が入っているっぽい。)

やはりバブルが崩壊したのちは需要が減っていったのでしょう。AC&Tは95年に清算、96年には小島氏もツルカメコーポレーションの社長を辞任しています。当時ツルカメコーポレーションが所有していた作品の数々も後々多くが売却されたようです。
小島氏はその後、宝石の買い付けがきっかけで訪れた新疆ウィグル自治区を中心にボランティア活動を展開、古代遺跡の調査・修復でも成果を上げられています。Wikipediaを見ると新疆ウィグル自治区の政治顧問という肩書まで出てきて驚かされます。
高齢でありながらパワフルに動かれている様子はブログを読んでいると伝わってくるのですが、そのエネルギッシュな行動力があったからこそ、現代美術の最前線でコレクターとしてギャラリーと時代を併走できたのではないかと思います。底辺コレクターとしてはただただ尊敬するばかりです。

蛇足ですがビジネスパートナーだった伊藤忠商事もギャラリーを作っていたようで、AC&Tとほぼ同時期の88年に創立、10周年にあたる98年には記念として「マン・レイ」展を行っています(そのページが偶然引っかかった)。ギャラリーの所在地は南青山3丁目の交差点付近で、AC&Tや伊藤忠本社からも近い位置にあります。
その後ギャラリーを閉めて伊藤忠青山アートスクエアを立ち上げていますが、こちらは完全に社会貢献活動にシフトしていてゴリゴリの現代美術の展示などはしていないようです(2021年3月31日をもって閉館)。

最後に小島氏のブログにアップされていた画像のなかで気になったものを引用させていただきます。

89年のツルカメコーポレーションの会社案内に掲載された社長時代のお姿。後ろにあるのはバスキアの作品だそう。

ブログに毎回載せておられる手書きのメッセージなんですが、その背後に注目。

前回触れた「ファルマコン’90」バッグ、高松次郎のものです。今でも持っておられるんですね〜ほんわかほんわか。

〈トップ画像について〉
小島康誉氏のブログ「国献男子ほんわか日記」の71回「行くぜバスキア展 行ったぜ青春18日本縦断」より、ツルカメコーポレーションの89年度版の会社案内パンフレットの画像です。バスキアの「Enob」という作品が使われています。

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