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袋小路の女

ホテルアンテルーム京都へグループ展「踊り場と耕作」を見に行って、澤田華さんの作品にノックアウトされてきました。

ここ最近ずっと続けている「ジェスチャー・オブ・ラリー」シリーズの発展形とも言えるような作品でした。
「ジェスチャー・オブ・ラリー」は古本屋で入手した本に載っている写真のなかに写り込んだ正体不明のモノが何なのか、様々な角度から検証しようとするもの。といっても手がかりはその写真だけ。もちろん答えにたどり着くことはできません。印刷された写真を拡大しても無数の網点しか見えないのと同じように、謎を解き明かそうとするほど謎が深まっていきます。結局観客は袋小路に誘い込まれたまま置き去りにされるような感覚を味わうことに。それが楽しくてこのシリーズが個人的には大好きです。
「__からはじまる、__のための、__(仮)」と題された今回の作品。珍しく発端は写真ではなく、レコードでした。スペインのヴァイオリニスト、パブロ・デ・サラサーテが作曲した「ツィゴイネルワイゼン」。本人の演奏によるレコードが残されているのですが、そのレコードには本人の声と言われる謎の呟き声も吹き込まれています。レコードの録音可能時間を超えることに気づいたサラサーテが演奏を端折るよう伴奏のピアニストに指示したものと言われていますが、言葉が聞き取れるわけではないので真実は謎のままです。
このエピソードを元に内田百閒が「サラサーテの盤」を書いたり、鈴木清順監督が映画「ツィゴイネルワイゼン」のなかで登場させたりしてきたわけですが、さて澤田華はどうしたかと言えば、、、

Siriに聞かせてみた!!笑
スペイン語から日本語に翻訳させると「イワシにも関わらず見てみましょう」「ダンパーペダルを下げる」。日本語として聞かせると「パワーホエルペダルでラソルディーナ」とか「アバホイルペラ流寺それでいいな」とか「阿波吠えるペダル寺それでいいな」とか、もう無茶苦茶。それに対してSiriはホテルを検索してみたり、「そうなんですね」って相槌を打ってみたり。律儀というか健気というか、Siriもまた振り回されてしまっています。
上から吊られている資料は例えば「ダンパーペダル」の検索結果だったりで、「へえ、ピアノのペダルのことかー」とかつい感心しそうになりましたが、そうじゃない。サラサーテは何と言ってたのか。本来の問いはそこなんですが、そこをはぐらかして澤田さんの作り込んだ袋小路にまんまとはまってしまいました。

同じく京都のBnA Alter Museumで行われていた「楽観のテクニック」というグループ展にも澤田さんは参加されていました。
ホテルの非常階段に沿って各階にギャラリースペースがあるという面白い構造のこの空間。階段を上りながら各作家の展示を見ていって、澤田さんは最後の9-10階。いよいよ作品と対面、と思ったら、、、

よく見えない!!笑
そういえば他の階は写り込みを遮断するように幕が張られていたのを思い出しました。この展示ではアプリをダウンロードして解説を聞きながら回るのですが、そこで澤田さんは下見に来た段階でやはりこの写り込みを気にしつつもその環境を取り込んだ作品を作りたいと思った、と話しておられました。

作品じたいは「ジェスチャー・オブ・ラリー」の王道とも言えるもの。雑誌か何かに掲載された映画「マジカル・ミステリー・ツアー」の一場面の写真のようです。
指を差す先にあるものはいったい何なのか。印刷物だったらそこには網点しかなく、モニターだったらそこにはピクセルしかない。そうなるといったい自分が見ているものは何なのか。人間の視覚や「見ること」にも考えが至り、袋小路のレベルがさらに深まっていってしまいます。
個人的に写真の作品は好きでいくつか購入したりもしているのですが、現実をありのまま切り取ったスナップショットというよりは、そうしたイメージを逆手に取って虚構をいかにも現実であるかのように見せたり人間の視覚では捉えられないものをカメラの機能を使って捉えたり、人間の眼に対する疑問というか人間の眼の不確かさに意識を向けている作家の作品が好きなんですね。
澤田さんの小さい作品を購入したのが2015年の個展で、その当時は「ジェスチャー・オブ・ラリー」シリーズをはじめる前のものですけれども、澤田さんにも共通するものを感じていたのだと思います。
この「ジェスチャー・オブ・ラリー」シリーズは各方面で注目を集めていて、ここ数年は立て続けに展示がありました。昨年は「あいちトリエンナーレ2019」でも。

その大活躍ぶりをうれしく思っていたのですが、今年は遂に美術館での初個展がありました。それが広島市現代美術館での「360°の迂回」です。絶対見に行かなくては!という覚悟のもと最終週にようやく滑り込みました。

「避雷針と顛末」と題された今回の作品。
聞きたくもない会話や話声が意図せず耳に入ってくる場面で、無理に避けたり封じたりするのではなく、ノートに記録してむしろ積極的に迎え入れることでその場の精神の安定を得ることはできますが、その後も手元に残るノートには謎の文章の羅列が残ることになります。

その謎の文章の羅列は、チラシにも載っていたし、展示室内にもターポリンに印字されて大きく掲げられていました。
しかし、本当に謎。冒頭の「池田everybody」からいきなりつまずいてしまいます。いったい何なんだこれは。Siriに聞かせて検索にかけてみてもはっきりとした答えは出てきません。
こうなったら手がかりとなるのは、残されたノートだけ。そこから文章を補ってどんな場面だったか想像してみても、それを役者さんに演じてみてもらっても、本来の会話から外れた得体の知れない何かが生まれるばかりで、どんどん深みにはまっていってしまいます。
今度は俳優さんの台詞をノートに書き写していくのですが、「枚方」がミックスされて「枋」なんて漢字まで生まれてしまいます。
その「枋」という文字はノートを飛び出して立体化まで果たしてしまいます。

事態はあらぬ方向へ転がりつづけて展示室のなかでぐるぐるとさまようハメになりました。澤田さんが生み出す袋小路は、足を踏み入れると抜け出せないですが、こうして迷子になるのも結構楽しいものです。
今後の活躍がますます楽しみになりました。

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