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ファルマコンを探して (2) 展示風景が見てみたい

「ファルマコン’90」を調べるにあたって、まず入手しなければ話にならないと思い購入したのが図録です。

古書店のサイトを覗いてみても在庫がなく長期戦になるかと思いきや、タイミング良くネットオークションに出てきて落札できました。表紙が破れていたり書き込みがあったりしていたせいか、思ったより安い価格設定だったのも助かりました。
466ページもあってずっしりと重いこちらの図録。発行はアキライケダコーポレーション。「ファルマコン’90」を実質的に主催したアキライケダギャラリーが手がけています。

アキライケダギャラリーは当時東京の銀座にも店がありましたが、元は名古屋のギャラリーでした。
1972年に千種区覚王山通にGallery Valurとして開廊、80年にアキライケダギャラリーへと名称変更、2001年に閉廊しました(途中市内で移転あり)。
東京は銀座で82年から96年、間隔を置いて品川区の勝島で2010年より再開しています。そのほか89年から2010年にかけては横須賀市の田浦にもギャラリーが存在しました。
国内だけでなく海外にも店があって、ニューヨークは92年、ベルリンは2001年から。いずれも2019年にクローズしています。
ホームページには過去の展覧会の記録がしっかりと残されているのですが、国内外の著名な作家が数多く名前を連ねていて驚かされます。名古屋でもバスキアとかステラ、ジャスパー・ジョーンズなどリアルタイムで見られたのはすごいことだよなぁ、と思わずにいられません。

「ファルマコン’90」開催に当たっては21人からなる実行委員会が組織されていました。そのなかには千葉由美子さんや山本裕子さんの名前もあります。もしかしたらそれぞれ後にユミコチバアソシエイツ、山本現代(現ANOMALY)のディレクターとなる方でしょうか。こうしていろいろ調べていると、今の現代アートシーンの最前線で活躍している人の名前を見かけることもあり、人に歴史ありだなぁ、と感じます。

さて。図録を見ていて気になったのは、作品画像がどうやら幕張メッセで撮られたものではない、ということです。立体作品の画像は展示空間がどうしても写り込んでしまいますが、そのどれもが明らかに幕張メッセではないのです。
まあ、もし会場で図録を販売するとしたら開幕前に完成させなければいけないだろうし、図録に展示風景が載っていないことにさほど違和感はありません。
が、「ファルマコン’90」を体験していない身としては、会場風景の写真がほぼ唯一と言っていいぐらい、現場の雰囲気を感じるための手がかりです。何とかして見ることはできないかなあ。

ということで、当時の美術雑誌に会場風景が載っていないか図書館へ行って調べてみることにしました。

美術雑誌として真っ先に浮かんだ美術手帖は1990年8月号(クーンズの「MADE IN HEAVEN」が表紙!)に記事が載っています。三田晴夫氏(毎日新聞記者/当時)によるものでタイトルは「アフター・ミュージアム」。掲載のタイミングが開幕前だったようで、基本路線は展覧会の紹介です。会場の見取り図という重要な情報が載ってはいるものの、作品図版はアキライケダギャラリーから提供されたもので図録に載っているものと変わりません。

ただ、記事中にある実行委員会メンバーの西澤みどり氏の言葉は「ファルマコン’90」がどんな展示なのか端的に表していると思うので長いですが引用してみたいと思います。
まず、会場に幕張メッセが選ばれたことには、

 現代美術の見逃せない特徴として、作品が規定のスケールを越えて、どんどん大型化していますね。もはや美術館や画廊ではそんな作品が物理的に展示できないようなケースが増えています。そんな大型作品を見せるためには、美術館や画廊といった発想を最初から捨てなければなりません。それと美術館や画廊では、作品と見る側、作品と空間との間に、どうしても制度のような関係を強いられる。もう少しちがった展覧会の在り方というか、可能性も併せて探ってみたかった。あえて見本市やオークション会場などと誤解されそうな幕張メッセを選んだのも、そんな理由からなんです。

また、80年代に席巻した新表現主義やニューペインティングの作家を中心にしつつも作家の選定であえて統一したテーマを設けなかったことについて、

 (かつての印象派やキュビズムのように)ひとつの美術思想が、時代をトータルに語り尽くすことが不可能になった。現代美術をたったひとつの切り口、ひとつの思想で代表させることはできない。むしろ、今なし得ることは、美術の混沌とした状況をそのまま提示し、観客の一人ひとりが、それを素材に自分なりの切り口やテーマを見つけ出せるような展覧会づくりではないか、と。たとえば国別にコーナーにまとめたり、ミニマリズムや新表現主義などと思想ごとに系統だてて展示する方法は、かえって観客に予断を与えてしまいかねない。そういう従来の方法を、私たちは意識的に避けたわけなんです。

ちなみに西澤氏は82年よりアキライケダギャラリー/東京に、92年よりアキライケダギャラリー/ニューヨークのディレクターとして勤務されていました。96年に独立後は日本の戦後美術および欧米の美術を専門とするインディペンデント・キュレーター、ディーラーとして活躍されているそうです。

同じ美術出版社から出ていたみづゑ(90年夏号)も同様に展覧会の紹介路線で、見開きで大きく図版を載せていますが、こちらもアキライケダギャラリーから提供されたものを使っています。
記事はふたつで、ひとつは「ファルマコン’90」にも関わっている尼ヶ崎彬氏(学習院女子短期大学助教授/当時)による「挑発する迷宮」。1913年にニューヨークで行われた「アーモリー・ショー」を引き合いに出すという、ある意味大胆で挑発的な文章です。
もうひとつは座談会。小林康夫氏(東京大学教養学部助教授/当時)が司会で、出展作家の石原友明氏、関口敦仁氏、中原浩大氏、原口典之氏が参加された「『ファルマコン’90』をめぐって」。詳細はここでの本筋からは外れるので割愛します。

そして注目すべきは芸術新潮。90年9月号に「メガトン彫刻に千畳敷アート」という展覧会評を載せているのですが、ここでようやく展示風景の画像が出てくるのです。
ジェームズ・ローゼンクイストの「New Clear Woman」。

上の見取り図で11番に当たる作品です。手前右で見切れているのは9番にあるアンゼルム・キーファーの作品。
リチャード・セラの「Marilyn Monroe-Greta Garbo」。

「New Clear Woman」は512.5×1380cmの超大きな油彩、そして「Marilyn Monroe-Greta Garbo」は高さ3m、長さ約26m、28mのふたつの弓なりの鉄板を配置した作品です。
どちらもあえて人物を写り込ませていますが、比較すると作品がいかに巨大かよく分かります。
そうそうこれが見たかったんだよ!と思いつつも肝心な展評のほうは、大型化する作品に合わせて幕張メッセを会場に選んだことを妙案と評価しながらも「出品作が、多様というより玉石混淆を思わせる」とバッサリ。

実質的な主催者のアキラ・イケダ・ギャラリーでは、販売を目的としないこうした展観を、今後も開催したいというが、“実は販売促進の見本市?”と要らぬ詮索を受けないためにも、出品作家・作品の厳選を望みたい。

と締めています。
出品作家全員のことを知っているわけではない身としては、どの辺りが石なのかを詳しく教えて欲しいものなんですが、、、

もうひとつ美術手帖の90年10月号はジェフ・クーンズとドナルド・バチェラーが表紙を飾っているのですが、背景はまさしく幕張メッセ!

「ファルマコン’90」の最中に取材をしたようで、写真の背景にちらほらと会場が写っています。
続いてはチッチョリーナも含めての3ショット。

真面目で内向的そうな外見のバチェラーがちょっと困惑しているように見えなくもないのが笑えます。

会場内を歩くクーンズとチッチョリーナ。

両脇に写り込んでいる作品はおそらくどちらも石原友明氏のもの。上の見取り図では51番の位置、つまりは出口付近ということになるでしょうか。
クーンズとバチェラー(そしてチッチョリーナ)が並んだショットが撮られたのがエントランスに当たる階で、一階下にある展示フロアが吹き抜けで見渡せる設計になっている、という感じですかね。幕張メッセには行ったことがないのですが、個人的にはアートフェア東京の会場になっている東京国際フォーラムと似ているように感じました。

ふたりの共同作業的な作品「MADE IN HEAVEN」の前でのツーショット。

「インタヴューのラストに、BT読者のためにチッチョリーナがサーヴィスしてくれた一枚」というキャプション付きの写真。

BTもよくこんなもの載せたな、、、大らかな時代だったと言うしかありません。

ということで、現時点で調べられたのはここまで。美術雑誌よりもカルチャー雑誌のほうが展示風景を載せているかしら、と思いつつ次の一手を打ちたいと思います。

六本木の国立国際美術館には安齊重男氏が撮影した写真資料をアーカイブ化した「ANZAIフォトアーカイブ」があるのですが、そこに「ファルマコン’90」で撮られたものも含まれているのを見つけました。中原浩大、ジョナサン・ボロフスキー、リチャード・セラ、ウォルター・デ・マリアの4作家のみなんですが、こちらも東京へ行ったときに機会を作ってぜひ見てみたいと思います。

〈トップ画像について〉
リチャード・セラの作品タイトル「Marilyn Monroe-Greta Garbo」を検索にかけたら出てきた画像。リンク先はアキライケダギャラリーのホームページだったのですが、どうリンクをたどればそこに行けるのかは分からず。

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