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2024/05/07

北海道に住む友人からアスパラを送ってもらった。ぼくは住所がごにょごにょなので、パートナーの家に送ってもらうことにした。おすすめの食べ方は「まずは茹でてマヨネーズで」とのことだったので、せっかくだからいいマヨネーズを、とスーパーに買いに行った。甘口と辛口があり、辛口にした。その帰りのことだ。

パートナーが「自分は歯が割れてるんだけど」という話を始めた。

「自分は奥歯の左右の同じところが真っ二つに割れてるんだけど、色々と頑張り過ぎたのが原因だと思ってて。歯が割れてから、無理ができなくなったから。それを前は悪いことっていうか、物事を続けられなかったりするのは、奥歯が割れてるからだって思ってたんだけど、今は自分に無理をさせないために、自分で歯を割ったんだと思えるようになったよ」

確かそんな感じだった。ぼくは道端のバラが綺麗でそちらに気を取られ、話半分くらいしか聞いておらず、「へ〜」ぐらいの返事しかしなかった。その返事のせいかなんなのか、その話は宙ぶらりんのまま、パートナーの家に到着した。キッチンに立って、アスパラにご対面した。春がここにおるぞ〜〜〜!と楽しくなって、昼からビールを開けて、茹でるためのフライパンを洗いながら、ふと割れた歯の話について感じることを口にしてみた。

「歯が割れたことの原因はこれかも、あれかもって色々考えて遊んでるんだね〜」みたいなことを言った。

ぼくはそれを言い終えるとビールを片手にニコニコしながらフライパンに水を足して、火にかけた。パートナーは黙って、何か考えているような仕草があった。

「アスパラの根本は手で折って茹でようか、固いから」

ポキン、パキンとアスパラの根元を折る。絶妙な硬さと弾力と音だこと!唯一無二の感触だよな〜と楽しんでいると、パートナーが不満気に横から言った。

「アスパラの根元は固いから折るって、それも原因を作って、それに対処してるってことじゃん」

その声に含まれる不穏な響きに、あ、これは「ジャンプ案件」だ、と気づいた。

【引用はじめ】
 高校の時、部活のメンバーでよく行く中華料理家さんかどこかだったかで、お昼かなんかを食べていた時に、みんなが談笑している中、ひとりで漫画雑誌のジャンプを読んでいたら「お前は人をイラつかせる天才だな」と言われたのを思い出した。ウヘヘ。そんなつもりは一切ないぞ。むしろその一切なさが、イラつかせるのかもしれないね。ピース!✌️
【引用おわり】

ぼくはまた何かしらパートナーの気に障ることを言うか、するか、したのだろう。美味しいアスパラを目の前に喧嘩するのは本意ではないので、気を引き締めよう。「ピース!✌️」じゃあないんだよ、雄馬。ここにお化け屋敷を遊ぶヒントが隠れているかもしれないのだ。きちんと説明してみよう。

「原因を作ることが悪いとは言ってないよ。何か起きた時に、人は原因を色々なものに求めるよね。その原因は見方によって、タイミングによって、違うものになるでしょ? 歯が割れたのは、これだ、あれだとかね。色々あると思うよ。イカそうめん食べ過ぎとかね。生まれたのが原因です、とかもあるよね。極論、なんでも原因になっちゃうんだよ。だとすると、原因って、分かんなくても同じじゃない。ないのと同じっていうかさ。それを分かったうえで、あえて原因を作って何かをしてるって考えれるんだよ、人は。自分もしてるよ。それを悪いだなんて、言ってないよ〜」

そんな風に説明すると、パートナーは煮え切らない顔で「わからんっ」と吐き捨てるように言うので、ぼくは笑って、「わかんないよね〜、わ!アスパラ鮮やかになったー!」とまたアスパラに夢中になった。

賢さんも、原因に興味がないと書いていた。

【引用はじめ】
 私は、書いて起こることや、生きていて起こることに興味が集中しているかもしれない。だから、すでに起こったことを、その過去における何かと結びつけて、「なるほど、こいつが原因だ!」に興味がなかったり、希薄だったりするのかもしれない……というのも、べつに嘘ではないし、それほど的外れではないだろうが、いまいちピンと来ない。
【引用おわり】

どうして自分がここにいるのか、なぜ自分がそれをしているのか、原因だったり、理由だったり、意味だったりを人は考える。それは美しい。それが許されていることは豊かさそのものだ。自由そのものだ。だって、それはひとつとして同じものはなくて、なくてもいいことだから。生きる意味がなくて呼吸が止まった人や、ここにいる原因が分からなくて心臓が止まった人をぼくは知らない。いないでしょ、そんな人。

原因などを考えることの、美しさや豊かさや自由さを感知できるのは、それらが生きることにとって二次的なものだと分かっているときに限る。お化け屋敷をお化け屋敷だと分かっているときに限る。お化け屋敷の中で、私はどうしてこんな恐ろしいところにいるんだろう、とひとりぶつぶつ考え込んでいたら、目の前でせっかくおどろおどろしいメイクをしているゾンビ役の人も、興醒めしちゃうよね。

実はアスパラの根元を手で折るのは、ぼくの好きなYouTuberがやってたのを昔見て始めたことだ。それだけのこと。アスパラの根元はぜんぜん食えます。他の部位に比べて固いだけ。でも、レンガよりは柔らかいよ。今日は串揚げにしてみようかな。

むりすんなよ