当たり前フィルターを外してみよう


自分”らしく”生きること。

これが幸せの定義。
しかし時に自分を貫くことに孤独を感じてしまうこともあるから、本物の優しさを手渡しあおう。「幸せ」は、この2つがあって完結すると思っています。


とは言え、いつもいつも自分から相手に優しさを持って接するのは難しい...そう思ってしまう(私を含む)殆どの人に向けて書きました。


人にやさしくなれる人は、心の余裕の作り方がうまいです。

あの人は心が広いよね。というけれど、思うに心の容量は皆一緒。けれどスペースの開け方がうまいです。

どういうことかと言うと。この在宅期間に私は、普段以上に気分よく過ごせています。変わったことは一つだけ、当たり前に思っていたことが喜びに変わりました。

外に出れて当たり前。学校仕事に行けて当たり前。連絡とって、すぐ行くねと言って誰かに会えるのが当たり前。
これまで当たり前、の一言で片づけていたものがガラガラと音を立てて崩れていきました。

だから今、ちょっとの時間人と電話するのが幸せ。
晴れた日に外出できて散歩できるのが幸せ。

今私は、毎日あった「幸せなこと」を書き留めています。
自分のだけじゃなく、人から聞いた嬉しかったことも。

いつもは感じられなかった小さなことに、幸せを感じられているようです。

もしいつもそう思えたら、自分の心をいっぱいにしてしまっているストレスが消えていくと思います。

上司に自分の意見が伝わらない。
毎日会って指導してもらえるだけありがたいです。私は今、休業を申請されてリモートワークすらできない日々。成長において、人からの意見がどれだけありがたいかを実感しています。

行こうと思っていたレストランがすごく並んでいた。
せっかくレストランに行ける休日です。並ぶ時間すら楽しむか、他に行きたいお店はいくらでもあるでしょう。

当たり前フィルターを外した時、世の中は感謝であふれます。ある時私は、1日の中でありがとうを心の中でどれだけ言えるか実践していました。

朝起きて、晴れていたことにありがとう。
人身事故なく到着してありがとう。(本気で乗車回数2回に1回は緊急停止する電車に乗っていました) 
今日も友達と昼ごはんが食べられてありがとう。
駐輪場のおじさん、自転車をきれいに並べてくれてありがとう。
帰宅したら夕食があってありがとう。
温かい布団で寝られてありがとう。
...

こんな風に心の中で唱えていたら、なんだか満足感の高い一日になりました。当たり前なことすら感謝という気持ち。

何か思い通りにいかないことが人の心の余裕をなくしますが、今のように”当たり前フィルター”を外していると、必要以上に欲を持たなくなり低次の欲求で満たされます。

自分の心を満たすのは自分自身。

心を満たしていつも余裕を持ちましょう。
人に優しくなれるはずです。
その優しさは自分にも返ってきます。

優しくされると人は、「ああ自分は自分らしくいていいんだな」と思えます。

それが自分らしさを保つ事につながる。

自分の心の快適空間を自分で保っていきたいです。

その一つが、「当たり前フィルターをはずすこと」
これもコロナがくれた、気付き。大切にしましょう。


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