悔しいぜ!

今、私は札幌に暮らしている。先日、東京に出張した折、東京で仕事をしていた時代によく通った、家族経営の洋食屋に足を運んだ。元部下とランチすることになり、「おいしい洋食屋があるからそこに行こう」と誘ったのだ。久しぶりにあった店のおばさんに席に案内される。おばさんは私のことは覚えていない風だった。仕方ない、前回の訪問から3年近く経っているのだから。それでも常連客とおばさんの掛け合いを聞きながら、昔懐かしい気分に浸っていた。
 しかし、この部下、食べるのが遅い。後から来て相席した向かいの客が食べ終わって出ていったのに、ヤツのカツカレーはまだ半分しか進んでいない。
 私が手持ち無沙汰にしていると、近寄ってきたおばさんから信じがたい言葉が飛び出した。
「ここはゆっくりするところではないんですよ。前にも言ったと思いますが」
 耳を疑った。私に向けられた言葉とは思えず、何も言い返せなかった。元部下は「すみません」と謝っていたが、オマエが謝るのはおかしい。ほかの客が聞き耳を立てている。空気が凍り付く。
 やっと食事が済み勘定を払うと、追い打ちが来た。「前にも言ったと思うけど、ここはゆっくりする場所じゃないのよ」。
 後から考えると、誰か出禁の客と人違いしているのだと思うが、これまでこのおばさんと交わしてきたたくさんの楽しい会話を思い出すと、「わざとゆっくりしたんじゃありませんよ。何度も来てるのに」と言って立ち去るのが精一杯だった。
 数日間、モヤモヤした思いにとらわれた。大勢の客の前で「ひどいよ、もう来ないよ」と怒鳴ってやればすっきりしたのに、と幾度も思い、これから言いに行こうか(そのために札幌から東京にわざわざ行くんかい!)、いやいや、それとも電話か抗議の手紙を書くか・・・しかし、何でかつての常連客で善意の客の俺が、職場では一応何人もの部下を従えている俺様(何様だよ!)が、あのオバハンごときの一言でこんなに気分を書き乱されるのか、オマエ、高校生かよ、こんな時の気分の処し方くらい身についているトシだろう、と自分に毒づき、それも情けなかった。

 そんな気分を鎮めてくれたのは、以外にも家族でも友人でもなく、毎月私の髪を刈ってくれている、茶髪の若い理容師だった。髪を刈ってもらいながら、東京でのエピソードを彼にぶちまけて、「バカヤロー、もう来ねえよ」と他のお客のいる前でブチかましてやればよかったよ、と言ったら、ヤツは

「そんなことをしたら西岡さんが西岡さんでなくなります」

と言ったのだ。
 なるほど、そうか。
 そう思うと、それでよかったじゃないか、という気持ちになった。感動した。「そうか、俺って、そうなのか」。
 次の瞬間、ハッと思い当たった。
「なるほど、俺はこの言葉を聞くために、東京であんな目に遭ったんだな」と納得してしまった。
 すっかり胸のもやもやも鎮火し、むしろ爽やかな気分で茶髪に見送られて帰路についたのだった。
 人生のあれこれ、降りかかってきた突拍子もないことであっても、理由があるんだなあ、としみじみ思うのだった。


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