日常への祈りとしてのミステリー
「真犯人フラグ」最終回。ファンとしてはやってはいけない倍速再生をして、河村が真犯人だということを知った。倍速再生したのは仕事中だったからで、たぶん30分くらいで仕事相手から返事が来るだろうな、という合間を利用して視聴したからだ。その時は解答だけ知って、スッキリした気分で仕事に戻ったのたけど、仕事もぶじ終わり、うちに帰ってから真帆が亡くなっていたことにじわじわ衝撃を受けていた。そして、やっぱり今もそのことに心がちくちくする。
正直なところ、私は、真帆が帰ってくることがすごく重要だと思っていたわけではない。けど、最終回を見て自分は真帆が帰ってくる、と、素直に信じていたことに気づいた。もちろん、「もう真帆は…」と書いてた考察の方々もいたけど、確証はなかったし、最終回に、凌介が真帆に会えることをなんとなく期待していた。
まさか、初回で殺されていたとは。半年間ずっと、真帆のこと、そんなふうに思っていたなんて。
そしてこの喪失感は、半年間のドラマでないと味わうことはなかっただろう。そう考えたとき、この脚本の狙い、もしくはこの脚本から受け取るべきことは、日常や大切なものが奪われる、脅かされることへの苦しみと悲しみを、疑似体験することだったという仮説にたどり着いた。
もう20年くらい前だと思う。
当時読んでた新聞か雑誌に、「ミステリーを読むことは、日常への祈り」みたいな文章が乗っていた。うろ覚えだが、「日常への祈り」という言葉は間違ってないと思う。それを読んで私は、「日常への祈り」のつもりでミステリー読んでないし。と反発心を抱いた。非日常を疑似体験したり、推理したりする面白さがミステリーの醍醐味だと思っていたんだと思う。
けど、今、「真犯人フラグ」を見終わって思うのだ。オープニング後の始まりは新居の下見で、老後を語る凌介と真帆。これは直後の「失踪」へのフラグだと片付けてもいいけど、その後も何回も何回も、真帆や家族との思い出が差し込まれる。そうして思い出す凌介を毎回見ていくうちに、私たちは、家族を待つ凌介に、家族のいた日常を取り戻したい凌介の祈りに、自然にシンクロさせられていたのだ。
考察YouTuberの大島育宙さん。東大生で芸人さん?でもあるのでしょうか。クレバーな雰囲気で考察も、文学サークルと、凌介を助ける仲間たちのたまり場となっている文学バーの設定を、真相につなげる考察がとても面白い方ですが、
最終回後の考察で、すごく納得いくことばかり話してくれています。
真犯人フラグ受講生(要は視聴者)に、「ここ、試験出るからなー」と言いたくなるような、hulu河村編より、大島さんの考察動画見たほうが作品への納得感深まるんじゃないかな、っていう考察されています。
あな番と比較して、真犯人フラグの構造が初めわからなかったけど、という前置きで、最終回で画期的な構造だったと分かった、という話でした。
が、私は、もう一つ付け加えたいこの半年間2クールのドラマの構造についてお話したい。
※あんまりドラマ見ないのでよくあるドラマ構造だったらごめんなさい。
半年間私たちは、真帆の家族という疑似体験をして、そして、最終回まで待って、そして喪ってしまったんですよ。あ、、こうやって書くと普通すぎるわ。けどね、これ、2時間半の映画だったり、3ヶ月のドラマだったりしたら、映画の冒頭もしくは、ドラマの初回で、真帆(とふたりの子ども)が失踪して、「おお、主人公かわいそうやな」と思っても、2時間15分目、もしくは63日後には真相がわかるわけですよ。この場合、家族は開始何分かで亡くなっていた、ということがわかるわけです。
けど、今回は2クールのドラマであることによって、真帆が(光莉も)どうなってるのかわからないまま年を越し、光莉が発見されて、それで…って、ヤキモキしながら、3月を迎えてて、、
「ずっと…寂しくて、不安で、心細かった。でもなんでかな…。ずっと真帆と一緒にいる気がした」
そんなつもりはなかったけど、凌介の気持ちになってたんです。日常描写を入れ続けた演出のおかげで、はからずもシンクロしてしまったようです。
ここで、真帆が帰ってきてハッピーエンドにするのはまず無理があるし、欲望や暴力が日常を脅かすことを描けません。この場合いったん、暴力がいい悪いという議論は置いておきましょう。日常を脅かされる、寂しさや不安、心細さ、憤り、を、ドラマで凌介や登場人物を通して疑似体験することがこのドラマにはあったのです。だからこそ、凌介役の西島秀俊さんは、真犯人がわからないまま、演技を続けたのでしょう。
リンクは消えてしまうかもしれませんが、最終回直前に情報番組「スッキリ」で凌介役の西島秀俊さんはこう語っています。
−最終回の見どころは? 西島さん「最終回、そうですね。真帆の行方、真犯人、いろいろ分かっていない謎も全部明らかになります!…僕は台本読んで…びっくりしました」 (MCの加藤浩次さんが「凌介は1話目からずっとビックリしてますけどね」と口を挟むと) 笑いながら「そうですね(笑)、それはそうなんですけど……僕のある予想は完全に外れて、びっくりしたことがあります」とおっしゃっています。これは真帆のことだと思います。真帆は真犯人じゃないにしても戻ってくる、と思っていたのだと思います。けど、阿久津刑事じゃないですが、家族つうのはそういうもんなんだよ、と。
生きてる、また会える、と信じる、もんなんです。苦しいほどに日常を取り戻したいと祈っている。
この10年近く、日常が失われることが世間で起き続けています。震災、コロナ、戦争。スマホ画面をオンにして入ってくるニュースではなく、自身に起きたこともありました。事件でもコロナでもなく、家族を亡くした方もいるでしょう。
誰もが日常を祈りながら生きている。
かと言って「何も起こらないといいけどね〜」と祈るだけでは、仕方がないの。祈りながら乗り越え、乗り越えながら祈るしかない、ということを凌介の強さから知りました。
20年前の納得いかなかった、ミステリーとは何なのか、に対して答えをくれたドラマ「真犯人フラグ」に拍手を贈ります。
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