同じアパートの住人との別れ

私が住んでいたアパートが建築されたのは1983年。新築時からずっと長く住んでいる人たちが何人もいる。私はそこに10年住んだ。

交通の便利良し、買い物も便利、映画館あり、銀行あり、各国のレストランあり、大きな病院も近くにある、とても暮らしやすいエリアである。

*ペントハウスに住むマーガレットと出会った時、彼女は80才半ばだった。

美しい白髪に薄化粧、出かける時は赤い口紅をひいてお洒落をする。物静かで上品な女性だった。

いつもひとりで行動していたのに、ある時から介護士の女性がつきそって出かけるようになった。彼女は小柄なマーガレットの手を取り、腰をかがめ耳元で静かに囁くように話しかける。とても親身に寄り添っているように見えた。

しばらくして、マーガレットは施設に入所することになり、介護士が押す車椅子に座ってアパートのエントランスを出て行った。そこにいた数人の住民は静かに見送り、管理人のビルが「マギー、僕たちはみんなあなたが戻ってくるのを待っているからね、OK?」と大きな声で2度言った。マーガレットは無言で頷いた。

それから、何年も過ぎたが、彼女が戻ってくることはなかった。

* 6階に住むスティーブはリタイヤーした60代後半の男性で一人暮らし。

私が引っ越してすぐにエレベーターで一緒になり「見ない顔だね。引っ越して来たの」といちばん最初に声をかけてくれた人である。その後、何度もランドリー室やエレベーターや近所の文具店で会い、その都度立ち話をした。背が高くて体格は良いがとても物腰の柔らかい紳士だった。

そのスティーブが会うごとに少しずつ元気がなくなっていった。あまりお喋りをすることもなくなった。いつもコットンシャツやポロシャツにスラックス姿だったが、きちんとアイロンがかけられ清潔感が漂っていたのに、あまり服装に気を配らなくなったように見えた。

ある日のランドリー室でのこと、スティーブがドライヤーに入れた洗濯物を取りにきたのだが、終わるまでに時間がまだ30分ものこっている。たまたまその場にいた管理人のビルが「スティーブ、まだ30分もあるみたいだよ」と言うと、スティーブは「ああ・・・」と覇気のない様子で部屋へ戻って行った。「最近、なんか調子が悪いらしいんだ」と、ビルがいう。それから数週間後にスティーブが入院したと聞いた。

数ヶ月後、1階の掲示板に貼られた用紙を読んで、スティーブが亡くなったことを知った。それは息子さんが書いたもので、お葬式の日時と場所が記されていた。「私は長い間父と会っておらず、晩年の父がどのような生活をしていたのかよくわかりません。もし、父と何らかのおつきあいがあった方がいらしたら、どんなことでも良いので父のことを教えて頂けないでしょうか」と書かれており、胸が締め付けられる思いだった。

お葬式の日、私は仕事があり参列することが出来なかった。
今思えば「あなたのお父様はとても親切に私に接してくれました」と、伝える方法があったのではないかと後悔している。

少しでも関わりのあった人たちとの別れはさみしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?