たばこ

初めてNYを訪れた時、私は喫煙者だった。
バージニアスリムメンソールライト(VIRGINIA SLIMS Menthol Light)
スーパーへ買いに行った。この単語が通じない。どうやっても通じない。
タバコのセクションにいた店員さんが頭をかしげ、他の銘柄を言いパッケージを見せるが「違う」と答え、バージニアスリムメンソールライトを連呼する。メンソールライトは通じているらしいがバージニア・スリムが通じない。他の店員さんも来て、言い方を私なりに英語風に言っても通じない。その日は違う銘柄を買った。

しばらくしてわかったのは、コリアン・デリでは通じる、100%通じる。
インド人やヒスパニック系の店員さんにも通じる。アメリカ人にだけ通じなかった。

私はやらなかったが、昔はストリートでたばこを吸うことが出来た。ボーイフレンドがタバコを吸いながら歩いていると「1本、譲ってくれない?」と声をかけて来る人が意外と多かった。ボーイフレンドは快く1本差し出し、その場でライターの火をつけてあげる。相手は25セントコインを1枚か2枚渡そうとするが、彼がそれを受け取ったことはない。

現在では見ない光景である。

小さなオフィスで働いていた時のこと。日本人女性のボスと狭い部屋にふたり。
ボスはヘビースモーカーである。勤務中はタバコを吸わない私であるが、「あなたねえ、そんなに働いてばかりいないでタバコでも吸って休んでよ。私ばかり休んでいるみたいで嫌だわ」と優しいことを言ってくれる。それではと、タバコに火をつけると「ああ、あなた、これやってくれるかしら」と用を言いつける。吸えと言われてタバコに火をつけた途端に必ず仕事を命ぜられる。

「そうか、吸えというのは吸うなということか」私はその日からオフィスでは絶対にタバコを吸わないことにした。どんなに吸えと言われても吸わなかった。その代わり、朝出勤する前と帰宅してから一気に数本を吸い続けた。そのうち、これは身体に悪いんじゃないかと思い禁煙をしようと決心した。完全にやめる迄にはかなり苦労したが、数カ月後には1本も吸わなくなった。

あのボスのおかげで私は禁煙に成功した。
今になって思えば本当に有り難いことである。

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