教会とジャクソン・ハイツ

マンハッタン、50丁目の五番街にあるセント・パトリック大聖堂(St. Patrick's Cathedral)。

同僚のマリアは、毎朝出勤前にこの教会を訪れる。胸の前でクロスを切り、2ドルを寄付してキャンドルに火を灯す。朝に立ち寄ることが出来ない日は昼休みに行く。時々、私はマリアについて行くことがあった。

「祈るのよ、ただ祈るの」と小声で彼女は言う。

マリアは両手を組み合わせ額に近づけて目を閉じる。口元で小さく何かを呟く。
彼女は幼稚園へ通う男の子をフィリピンの両親に預け、夫とふたりNYで働いている。彼らは慎ましい生活をしながら収入の多くを故郷へ送金するのである。

職場の休み時間に話すことは幼い子どもの話。マリアは私の写真を1枚くれといい、私が渡したその写真を手紙と一緒に息子へ郵送した。

「息子があなたのこと、可愛いって!」「マミー、この子可愛いね」と息子を真似た口調で言い、喜び、笑う。

マリアは自分のNY生活で起きている小さなことを息子に伝え、彼はどんなことにも好奇心を膨らませているようだった。

マリアが教会で祈るのは、離れて暮らす息子のこと。

クイーンズ(NY州5つの区のうちの一つ)のジャクソン・ハイツに日系の教会があった。そこで会計の仕事をしていた時期があり、1ヶ月に1〜2度、土曜日だけ通った。

ジャクソン・ハイツへ行くには59丁目のレキシントン街で地下鉄を乗り換える。週末の電車はなかなか来ないが、普段行くことのない町は興味深く、通う道も楽しかった。

ドキュメンタリー映画「ニューヨーク、ジャクソン・ハイツへようこそ」
(原題:IN JACKSON HEIGHTS) の中で、「世界でいちばんカラフルな町」「最も多様な人種が住む町、167カ国語が話されている」「NYがNYであるためになくてはならない町」と紹介されている。

駅前の繁華街から10分ほど歩いた静かな場所に教会はあった。
信者の方々が礼拝堂に集まっている時、私は違う部屋で黙々と作業をする。
静粛な時間だった。

ジャクソン・ハイツは多種多様なエネルギーに満ち溢れた町、そこにひっそりと建つ教会で静かに仕事に集中する時間はとても心地良かった。

その教会がなければ何度も行くことはなかった町、ご縁は有り難いものだと思う。

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