アッパー・イーストにあった小さなレストラン&バー

日本人が経営するそのレストラン&バーは私のアパートから徒歩3分くらいであった。ちょうど1ブロック南側に位置する。

木製の古いドアを開くとまずカウンター・バーが目に入る。8〜9人程が座れる。
この大きさが絶妙に心地よいものであった。少し暗い照明の落ち着いた雰囲気。
日が暮れる頃に行くと常に2〜3人の常連客が座ってお酒を飲んでいる。

そのバーを右手奥に入って行くとレストランの4人用テーブルが10数席並んでいる。客のほとんどは近隣に住む常連客である。

私は数人の友人と食事をする時はレストランのフロアーへ、ひとりかふたりでお酒だけ飲む時にはカウンター席に座った。

ドアから入ってくる客にシンガポール出身のバーテンダーが親しげに声をかける。彼は流暢な英語と日本語を話す。

バー・カウンターはL字型になっていて、2〜3席だけ壁を背中に座れる場所がある。そこがいちばん座り心地が良い。そこにはいつも高齢のジョーという男性が座っていた。ジョーは店から1ブロック西側にあるアパートに一人で暮らしていた。

ある日、私は友人とふたりでそのバーへ行った。その日はジョーの姿がなかった。一度座ってみたかった席、友人と私はいつもジョーが座っている椅子に座った。
バーもレストランも賑わってきた頃、いつもより遅い時間にジョーがやってきた。彼は空いている席に座りバーテンダーや隣のお客と楽しそうに話しをしている。

その夜、ジョーはわりと早くに席を立ち帰り支度を始めた。窓から外を見ると雨が振り始めたようだった。ジョーは傘を持っていなかった。

私は友人にすぐに戻るといい、ジョーと一緒に店を出た。私達は1本の小さな傘に入り、ゆっくり歩いた。ジョーはゆっくりしか歩けない。

「ごめんなさい。あなたの席にすわってしまった」と片言の英語で言う。

「No, No, it’s OK! あそこはみんなの席だよ」と笑う。「君がハッピーなら僕もハッピー!こうして一緒に歩くのもハッピー!」かすれ声で笑う。

ジョーをアパートの前まで送ってバーへ引き返した。そのほんのわずかな距離を歩きながら「悪いことをしてしまった」と胸がギュッと締め付けられた。

あれは夏の終わり頃。

そのお店は数年前に閉店、あの道を歩き想い出を実感することが出来ないのは残念であるが、あのお店で出会った方々、親切にして下さった従業員の方々には心から感謝を伝えたい。

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