床が軋む音

NYのアパートは古い建物が多い。私が住んでいたアパートも歩く度に軋み小さな音を立てる。床が落ちることはないと思っているが、万が一のことを考えてそこを通る時はそっと歩く。

友人が住んでいたアパートは築100年を超えるような建物で、斜めに傾いていた。テニスボールを置くと低い方へコロコロと転がって行く。引っ越したばかりの頃は寝ていると目眩がすると言っていたが、そのうちに慣れたようである。78丁目1番街近辺にあったその建物は友人が日本へ帰国してから取り壊され、私が帰国した2020年の秋にもまだ空き地のままで雑草がぼうぼうに生えていた。

タイムズSQ近辺9番街近辺にあった知り合いの会社の建物もかなり古く、階段も軋み、床も軋む。4〜5階建てのエレベーターなしで、広い屋上がある。その屋上のドアを開けて社員たちがタバコを吸うらしいのだが、屋上へ出るそのドアに貼り紙がしてある。「屋上に足を踏み入れないように!崩壊する可能性があります!」間違って足を踏み入れたら大変なことである。

NYではたまに建物やバルコニーが崩壊する事故が起きる。

イーストヴィレッジの高層アパートに住む友人。
電話の向う側からは音楽も街の雑音も聞こえない、ただ床の軋む音だけがする。
声を抑えてゆっくりと話す合間に床が軋む音。まるで軋みを確認するかのように、面白がっているかのように、わざと音の出る場所に足を置いているに違いない。

その音がその人との今生の別れとなった。電話を通して聞いたその床が軋む音は未だに記憶にのこり、たぶんずっと忘れない。

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