コロナにシーンを分断されないための視点

新型コロナウイルスという脅威に対する対応を巡って、もともと小さい日本のインディペンデント音楽シーンに亀裂が入ってしまっている。

感染拡大を止めたい派 vs. シーンを守りたい派

という構図になっている。ざっくり分けると、前者が国外の進展や対応に関する情報に重点を置いているのに対して、後者は現場のリアルで切実な声により耳を傾けている、と言える。これはどちらも重要なことで、善悪や正誤の差はない。この二つのグループ(に分かれてしまった人たち)が対立するのは非常に悲しいことであるし、無意味だ。二つを合わせた、感染拡大を止めてシーンも守りたいが、みんなの願いなのだから。

そこで、この状況をゼロサムゲームとして捉えるのをやめることを提案したい。感染を止めようと主張している人たちはお店やアーティストを切り捨てているのではないし、大事な場所を守ろうとしている人たちは進んで感染を広めようとしているわけではない。ほとんどの人は、その間でどうすればいいか悩んでいる。

ではどうやって捉えればいいのか、悩んでいる人たちに向けて、以下に私なりに整理した考察と提案をまとめてみた。

✳︎     ✳︎    ✳︎

考察1:「自粛」という言葉の呪縛

私が住むドイツを含む複数の国は、ここ数日次々と異様なスピードでイベントや人が集まるバーやカフェの営業禁止の決断を下してきた。日本では報道などでも「自粛要請」と書かれている。自粛要請とは完全に意味が矛盾する熟語だ。自粛とは「自ら進んで慎む」ことなのに、それを他者から要請されているのだから。さらに、通常「自粛」と言うと、本当はやりたいけれど周囲からの批判や同調プレッシャーに屈して、やむなく断念するというニュアンスがつきまとう。音楽業界、特にインディペンデントでやっている人たちは元々反骨心が強いから、屈したくないと感じている人も少なくないと思う。まずは「イベントの中止=自粛」という捉え方を一度捨ててみて欲しい。

考察2:個人の判断と政治の責任

では、自粛でないなら何なのか。

ここで個人的な経験に触れたい。3月21日現在、ヨーロッパ主要諸国のほとんどでクラブやバーといった娯楽施設の営業は禁止になっている。私は日常の仕事としてアーティストのマネージメントとブッキングをしているので、これに関してはヨーロッパの現場の最新の動きに触れている。イタリア北部のイベントが行政指導でキャンセルされ始めたのが2月後半。この時点では、私もまだ局地的なものだと思っていた。イタリアは可哀想だな、くらいに思っていた。イタリアが全国完全封鎖、フランスが1000人以上の規模のイベントを禁止した3月9日から、音楽イベント業界の動きが止まり始めた。即座にキャンセルの連絡が殺到したわけではなく、アーティストのフライトの手配や当日のスケジュール、支払いなどの連絡が止まったのだ。進めるべきかどうか、躊躇し始めた。この頃に空気が一変したが、それでも私はまだこの脅威が自分に迫ってくるという実感は持てていなかった。心配して連絡してくるアーティストにも、「こちらからは動きようがないから待つしかないっしょ」と言っていた。しかし11〜12日になって世界各地で一時閉店やキャンセルの発表が立て続けにあり、これは大変なことだぞと実感し始めた(←完全に遅い)。翌13日(金曜日)にベルリンではクラブイベントが全面禁止になったが、UKで出演イベントがある担当アーティストがいて、決行されたのを複雑な気持ちで見ていた。絶対に良くないことだと思ったが、アーティストの貴重な収入も奪いたくなかったので板挟みの罪悪感があった。週末の間悶々と考え、まだUKのイベント主催者からの連絡はほとんど来ていなかったが、16日に担当アーティスト全員にこう連絡した。「この状況では、イベントが決行されたとしても出演することは社会的責任に反すると思う。向こうからキャンセルの連絡がなくてもこちらからキャンセルしたい」と。これはアーティストにとっては全く収入が無くなることを意味した。でも、誰も反論せず同意してくれた。

この時点で、補償については一切(公には)議論されていない。

結局UKのハコやプロモーターのほぼ全員が今週前半に開催断念の連絡をしてきたが、政府がクラブやバーの営業禁止を決定し、それに伴う補償の話を会見でしたのは昨日(3月20日)だ。

どういうことかというと、ほとんどのプロモーターとお店は、補償もなく政府の決定もないうちに、自分たちの責任として営業・開催を断念することを選択したということだ。外部プロモーターは断念してもそこまで大きな損失はない場合が多いが、やはりフェスティバルやお店は非常に厳しそうだった。「現時点ではなんの資金援助の当てもないが、それはこれから探す。お店が存続できるかは分からないが、その方法を探すから応援してくれ」と実際にメールに書いてきたところもあった。

これは、諦める自粛というより、社会的な責任にコミットする行動(アクション)だ。こういう連絡がくれば、この業界で働く良心を持つ者なら「何とか力になりたい」と思うものだ。逆に、今週どうしてもイベントを決行すると連絡してきた主催者がいたとしたら、大いにモメていたことだろう。

当然のことながら、政治が素早く状況に対応し、方策を打ち出すのが理想的だ。「禁止」にしてくれれば補償が期待できるし保険が下りる可能性が高い。そうすれば不安を抱えずに開催中止という社会的責任が果たせるという主張はもっともである。

考察3:危機感と緊急性の認識と想像力

問題は、政治の判断が遅く、その権限を持つ者が責任を回避しようとする場合はどうするのか、ということだ。

日本は言わずもがなだが、ヨーロッパではUKがまさにそれで、大批判を浴びていた。そして他の主要国よりもイベントの禁止に踏み切るのが約1週間遅かった(その分補償パッケージをしっかり付けてきたが)。なぜ私がしきりにUKを引き合いに出しているかといえば、今週前半まで非常にモタついた対応をしていたせいで、実際音楽業界の関係者が悩まされていたからだ。

では何がUKの個別のプロモーターやお店、ひいては政府の判断を変えたかといえば、事の重大さ、脅威の大きさ、そして何よりも緊急性を認識したからである。先週末から事実上のロックダウン(閉鎖)状態にあるベルリンから見れば、現在の日本にはこれが完全に欠落している

今やパンデミックの中心であるヨーロッパがパニック寸前になっているのは、ほとんどの国がイタリアと同じ感染者の上昇カーブを描いているからだ。イタリアが今どうなっているかといえば、中国を抜いて世界最多の死者を出しており、致死率は8%を超えている。医療システムは完全に破綻し、医療従事者の限界はとうに超えているが、感染者も死亡者も増え続けている。スペインもフランスもドイツも、同じパターンを辿ると予測されており、ドイツに至ってはメルケル首相が人口の70%が感染する可能性があると発表している

日本では未だに致死率は1%以下という認識のようだが、ではイタリアで起こっていることはどう説明するのか?日本はイタリアとよく似た超高齢者社会な上に、昨日になってWHO事務局長が若年層も油断してはいけないことを警告している。

自分は若くて元気だから感染しても死なない、だからいいのか?

ここで想像してみて欲しい。あなたが参加あるいは主催したイベントにはあなたの知らないお客さんがたくさん混じっている。誰も咳はしていないし特に具合が悪そうでもない。ただし、このウイルスの潜伏期間は最大14日間。感染しているが発症していないだけかもしれない。ほとんど検査を受けている人がいないのだから、誰も分からない。もし一人でも感染者が密閉された店内にいたら、バーカウンターで話したり、トイレで隣に並んでいる見ず知らずの人と話したり、友達と笑いあったりするだけでウイルスを(半径1.5m内に)撒き散らすことになる。ウイルスは唾などの分泌物に混じっているからだ。これが空気中にしばらく漂うという説(=空気感染の可能性)も最近になって浮上している。このバーテーブルに触ったり、同じトイレのドアの取ってを触るだけで、あなたは感染しなかったとしてもウイルスを付着させている。ウイルスを手につけたまま、電車に乗って手すりを触り、帰りに寄ったコンビニの買い物カゴの取っ手を触る。その直後に、同じ手すりや買い物カゴをお年寄りが触る。

このお年寄りが感染して、重症化して、病院に運ばれたとしても、もう集中治療室は全て埋まってしまっているかもしれない。なお、イタリアはもう何週間もその状態が続いており、ロンドンもすでに陥っている

世界的なパンデミックとなってしまった以上、どんなに日本人が清潔好きで欧米人ほど身体的な接触をしない習慣だったとしても、現時点までほぼ何の対策もせず、検査数も極端に少なく、外国(特にヨーロッパ)からの入国制限もしてこなかった日本が、例外であると考えるのは希望的観測でしかない。そして例外でなかったとしたら、感染を少しでも食い止める、遅らせる方法は今のところ #StayTheFuckHome しかない。

考察4:考えや立場を変えることは裏切りではない

日本のクラブ関係者やアーティストがどうすればいいか悩んでいて、とても揺れているのは伝わってくる。実際に私の意見が聞きたいと連絡してくれた人も何人もいる。そこでよく聞かれる(見られる)のが、「本当はやらない方がいいのは分かっているけど、収入が無くなるから、店の存続が危ないから、やらざるを得ない」という発言だ。元々日本の、こうしたお店の経営が非常に厳しいことは知っている。私も大好きな場所はたくさんあり、散々お世話にもなっているし、全くもって軽視しているわけではない。それを少しでもサポートしたいと考えるオーガナイザーや出演者の気持ちも尊い。私だって、極力応援したいと思っている。

でも、応援したいからこそ、今すぐにでも止めて欲しい。

本当はやらない方がいいと分かっている、それがベストだと思うなら、ベストを選ぶべきではないのか。パーティーやイベントは、自信を持って最高ですと言える状態でやるべきではないのか?応援してくれるお客さんや、その周囲の人を感染のリスクに晒してまでやることなのか?

私だけでなく、多くの人がカミングアウトしているように、最初はみんな大丈夫だと思っていたし、甘く見ていた。でもどこかのタイミングで、認識が変わり行動が変わった。変わることは負けることでもないし、恥ずかしいことでもない。最善の方法に気づいた時に、それを選択して欲しい。

提案1:ポストパンデミックに向けての思考の切り替え

止めろというなら代替案を出せ、という発言も多く見られたので、ここから提案を。DOMMUNEの宇川直宏さんがRA Japanのこの素晴らしい原稿で「ポスト・パンデミック」(©椹木野衣さん)と呼んでいる考え方が鍵だと思う。私も3月13日の時点でツイートしたことだが、このパンデミック前と後では、とてつもなく大きく社会と経済が変容すると想定される。というか、すでに誰も経験したことがないことが毎日次々と起こっている。この危機のスケールを感じ取ることが出来ている人は、もう次の世界のデザインに頭を切り替えている。

だから長期的な目でこのシーンを守るためには、次なるビジョンを持つべきで、既に限界が来ている従来のやり方に固執していてはいけないと思う。もちろん今すぐいきなり転換することは無理だし、そもそも次なる世界がどうなるのかまだ全然分からない。でも、少しずつ移行し始めている。もしこの感染病で死ぬことを免れたなら、それを模索しながら新しい、より優れたシーンのあり方をデザインするチャンスだ。そのヒントは、実はもう至るところに散らばっている。

ぼんやりとそう考えていたところに、前出の宇川さんの原稿を読み、さらに昨日のDOMMUNEのReFreedom_Aichi Presents「空気・アンダーコントロール」を観て確信に変わった。同じ苦労をするのなら、今までのやり方にこだわるより、そのいい部分を進化させたバージョンアップにエネルギーをシフトすべき時ではないか。

提案2:コミュニティの連帯

ここで一番重要だと思うのがコミュニティの連帯だ。だから分断してる場合ではないとこれを書いている。

既にポスト・パンデミック("ポスパン")に向けての小さい動きが見えてきている。例えばBandcampが手数料を全額アーティストに還元するキャンペーンを昨日から今日にかけてやり、サイトが固まるほどの反響を呼んでいること。アーティストやインディ・レーベルに寄り添ってきた、これまでなかった優秀なプラットフォームであるBandcampが音楽コミュニティ内での評価をさらにブチ上げ、一方でSpotifyはアーティストにほとんど収益を還元せずに何をやってるんだというツッコミが入りまくっている。ベルリンのClub Commissionは大手テレビ局ARTE Concertや大手ラジオ局Radioeinsと協力して市内のクラブからDJセットのストリーミングとクラブを支援するための募金集めを開始。これ以外にも多くのクラブやライブハウスが、パフォーマンスのストリーミングと募金/投げ銭をやっている他、Resident Advisorは感心する対応スピードで、すぐさま前売りチケットの払い戻しをしないことでプロモーターやお店をサポートする提案を打ち出したり、Save Our Sceneというキャンペーンを始め、Crack Magazineも経営を続けるためのサブスクリプション・サポーターを募り始めた。昨年から文字どおりSolidarity(連帯)をテーマとして掲げてきたポーランドのUnsoundフェスティバルも、今まさに連帯が最も必要とされていると呼びかける声明を出している

これらはほんの一例でしかないが、何が共通しているかといえば、コミュニティの力を信じていること。何がベストか分かっているのなら、それを実現するための方法をみんなで考えよう。守るべき場所があるのなら、どうやったら守れるのか知恵を出し合おう。その方がよほど建設的で前向きだ。(ぶっちゃけ私はブッキングの仕事は当分動かないし、じっとしているしかないので、時間は十分ある。そういう知恵ならいくらでも絞りたい。)

もちろん政府に補償を求めていくことは重要だ。それはそれで徹底的にやっていくべきだと思うが、補償が約束されるのを待ってから動くのでは遅い。今はスピードが生死を分ける。だから同時進行で。コミュニティが強く、ネットワークが広がれば、補償を求める声もよく届くようになるはず。

分断に無駄な時間とエネルギーを費やしてはいけない。新たなビジョンの下に連帯を!





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?