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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】⑥

【衝撃】

搭乗口から機内に向う途中、
「さっきのAZというデバイス。出たり消えたりは君のリングの力じゃないの?」
友哉は彼女に聞いてみた。
「とてもシンプルでキレイな指輪、ありがとうございます。センス抜群ですね。わたしの指輪の力は、友哉さんとの通信だけですよ。このAZは、なんか分からないけど勝手に出てくるんです」
「勝手に?」
「見たいなあ、とか出てきてほしいなあ、とか思ったら手元に出てくる」
「だから、それがその指輪の力だよ」
「違うらしいです。出てこない時もあります」
友哉が首を傾げたら、
「わたし、バカだから脳が耐えられないそうです。先生は平気みたい」
「……」
「先生は拳銃を自分の意思で出せますよね。すでに手荷物検査を通過したけど、先生、拳銃を持って機内に入るわけです。機内で拳銃を出さないでくださいよ」
ゆう子は相変わらず無邪気な笑顔を見せびらかしている。友哉にしてみれば、そのかわいらしさは決して毒ではないが、さっき出会ってから、ほぼ笑いっ放しだ。明るい性格はいいが、新聞記事の通り、真剣みにかけている。
「まあいいや。その指輪、俺が買ったのだ。アレキサンダーマックイーンのミニドレスを着てくる人なら、もっと高いブルガリがよかったかな」
「センス抜群って聞こえなかった?」
ゆう子が、少し目尻をつり上げた。
「聞こえてたよ。すまん」
「あれ? 素直に謝る男性なんですね」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「オラオラ系の天才」
「………」
「シャーロック・ホームズみたいな人」
「今は君のお喋りに付き合ってるが、普段はわりと朴訥なんだが…」
「それが怖いから嫌われるんですよ」
「そうだよ。婚約するわけじゃないから、その指輪を薬指から外してほしい」
「やだ」
「やだ?」
「やだ。もう取れない。嵌めてから太った」
頬を膨らませて言う。
――なんてかわいいんだ。こっちが衝撃を受けてるって…
キャビンアテンダントと挨拶していたゆう子は、友哉が自分に見惚れていることに気づかなかった。
「片想いの男性。ベストセラー作家の佐々木友哉先生だったんですね」
乗客名簿を見たキャビンアテンダントが笑顔で言った。
「はい、わりとイケメンで良かった。あ、一発屋です。ベストセラーは一作だけ」
――なに? 言いたい放題だな、この女。見惚れて損した。
「おい」
「おい?」
ファーストクラスの座席に座ろうとしたゆう子が目を剥いた。
「指輪はそのままでいい。太ったのか。そうは見えないな。お喋りをして気分が楽になるなら、ずっと喋ってていい。俺は俺を変えない。君もそれでかわいい」
「………」
きょとんとした顔を見せたゆう子に、
「うん。かわいい。そのままでいい」
「な、何が衝撃の片想いだ。流行語大賞にでもするつもりか。ふざけんな」
「どうした?」
ゆう子が急に怒りだしたのだ。
「絶対に片想いじゃ、終わらせない。三年間の間に料理も何もかもできるようになってやる。このままは嫌。あなたの理想の女になりたい」
「まあ、落ち着け。そういう話なら、もし次があってもファーストクラスにしなくていい。ビジネスで十分」
「なんでですか」
「俺の趣味じゃない。君のその高い服も」
ゆう子は少し思慮深い面持ちで、
「それは参ったなあ。ファッションだけが趣味なんです」
「趣味を変えろとは言ってない。俺の趣味じゃない」
「変えます。先生の前では」
「無理するなって」
「嫌われたくない」
「嫌わないよ。そんな洋服の女とはデートはしないけどな」
「はっきり言わないで下さい。傷ついた」
「そうか。すまない」
「嘘。傷ついてません。洋服を清貧な美人妻が着てるような安くて地味な服に変えたらデートできるって言われたから」
「ポジティブだな」
「そう言いましたよね」
「まあ、そういう理屈になるな」
「でしょ」
友哉は会話のペースを握るゆう子を見て、
――こんなに頭が良くてかわいい女の子に彼氏がいないのか。しかも女優なのに。
と思った。
「好きな男性の趣味に合わせるのは、恋愛依存性の弱い女じゃなくて、好きな男性に嫌われたくないだけ。単純なことを複雑化しないでください」
「してない」
「世の中がしてる。恋愛は単純です」
「そうだな。難しい恋愛小説を書いてすまなかった」
「はい。そのことです」
シートベルト着用のランプが点滅した。飛行機が離陸態勢に入る。
「わたしがバカって自分で言ったのを慰めてくれたら、許します」
「誰かに言われた?」
「トキさん」
「彼はそんな男じゃない」
「え?」
友哉がテレビモニターの滑走路の様子を見ながら言った。
「日本語も下手だった」
「はい。言ってません。あの人が言ったのは……」
「……」
「佐々木友哉には指輪の力が使えるけど、わたしには無理って」
「なるほど。それは君はバカじゃなくて、俺が……」
「先生が?」
「ウルトラバカなんだよ」
ゆう子はそれを聞いて、
「完璧。衝撃だよ」
と友哉に聞こえないように呟いた。飛行機のエンジンの音で、ゆう子のその言葉は本当に、友哉には聞こえなかった。
「衝撃だよ。こりゃ、流行語大賞確定かな」
また呟く。
「なんだって?」
「なんでもない」
ゆう子が窓の外に目を向けたのを見た友哉は、
「頭がいいからトップ女優なんだ」
と言い直した。ウルトラバカに、ゆう子が怒ったと思ったのだ。
ゆう子はゆっくりと、友哉に顔を向け、
「本当は、バカだからバカでいいの。先生、ありがとうございます」
少し頭を下げ、また、この世界のどこにもないような、かわいらしい笑顔を作った。

……続く。


普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。