溶ける03 探検家02

鮮明な記憶。だが、私のものではない。ここには何もない闇があったはずだった。

幼い感じが抜けきらない、くるくる表情の変わる健康的で純真な若い女の姿が存在しようはずもない。

国中から特に悪質な累犯者を収監した牢獄は、これほど健やかな時間を経た人間がたどり着く場所ではなかった。蛮人か狂人かが社会から切り離される場所がここだ。

遠い昔、遠い遠い昔にそんな若者たちと共にいた過去も私にはあったが、

「これは、私の記憶ではない!」

聖域を侵された。怒りを覚えた。今までも見知らぬイメージが入り込むことはあったが、闇をナイフで切りつけたような、目の醒めるような光だ。幻惑の薔薇窓を粉々に砕き、吹き込んだ風が香炉の薫りを退けるような。長い時間動かなかった淀んだ闇も、空気も、記憶を無遠慮に押しのけた異物。

「……俺です!--やっと俺に気づいてくれましたね」

「ここは他人が入れる場所ではない。だが、おまえは私ではないな……」

「ええ。ここはあなたの中。あなた脳の中にいます。思念とか、そういう曖昧な意味ではなく、ほんの少しだけ物理的に侵入させてもらったのです。申し訳ないと思っていますが、他に選択肢がなかったのです。そして化学的に結合しています」

「なんだ、と?」

「だから、お願いです。俺を拒絶しないでください。俺は人間でいたい…」

「何を言っている?」

「そうか……。あなたは知らないのですね。いま世界がどうなってしまったかを」

その若い男の後ろから、また何かが入って来るのがわかった。

何がぶよぶよと泥のような塊が這ってきたが、霧のような、煙のようなモノを纏っていた。

汚らしいモノのように見えたが、この男よりずっと濃度のある物理的な質感を伴っているようにも思えた。

「それは私が話そう。そのために共に来たのだから。ここは私に任せて休みなさい。この方と話がつけば、もっと長い旅になる」

「はい」

若い男の声が消え、元の闇となった。

替わりにその泥のようなモノから枯れ木のような煙を上げる。

「申し訳ない。私は、あなたの記憶を使っても、もううまく自分の姿を思い出せないのだ」



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