食堂 #シンカの学校 ラジオ投稿ネタ

「大っ嫌い!!…かーちゃんも!このお店も!!」

閉店後の薄暗い店内に、我が娘の悲痛な叫びが響き渡る。
娘は瞳一杯に涙を浮かべ、二階の居住スペースへ駆け上っていった。

ガンガンと痛む頭。
痛む頭の中で無理やり反芻させられる、娘からの「大っ嫌い!」。

遠退いていく娘の足音とともに、私の視界も徐々にブラックアウトしていった。

翌日。

気付けば私は、食堂の開店準備をしていた。
午前中の記憶は全く無い。
ただ、深く思い出そうとすると、どうしても昨晩の喧嘩が蘇ってくる。

私は嫌な記憶に蓋をするように、いつもどおりに開店準備を進めることにした。

しばらくすると、上下スウェット姿で派手な金髪の若い女性が店に入ってくる。

「…おはよーございます」

気だるい声で挨拶をしてきた彼女は、この食堂をはじめた頃から長年バイトをしてくれている子。
器用な上に頭の回転も早く、細かいことに気づいてくれる。

横目で彼女を確認しつつ、私も「おはよう」と挨拶を返した。
長年働いてくれているだけあって、私から何も言わずとも開店作業を開始してくれた。

彼女の手伝いもあって、いつもどおりに開店。

そしてすぐに、ランチタイムのラッシュが始まる。
小さなお店だが、ありがたいことに四席のカウンターは満席、一つだけある四人掛けテーブルも相席。

余計なことを考える暇もないぐらいの忙しさ。

やっと一段落したかなと思った頃には、娘の帰宅時間になっていた。

「…ただいまー」

いつもより少しだけトーンの低い娘の声。
その声に、心と身体がキュッとしてしまい、私はうまく声が出せなかった。

その代わりに、店にいるみんなが娘に「おかえりー」と声をかけてくれる。

そして、娘はいつもどおりにエプロンを引っ掛け、店内作業を開始してくれた。

ただ、私とは目を合わせてくれない。
そんな、少しだけ違和感のある空気のまま、夜のラッシュに突入する。

今日はありがたいことに、いつもよりお客さんが多く、注文がひっきりなしに入ってくる。
昼以上の忙しさに、私は一心不乱に料理を作り続けた。

しばらくして、店内の喧騒とともに注文の波が収まりはじめた頃、チラッと時計を見ると閉店一時間前。
チラッと店内を見渡すと、片付けも一段落したのか、こちらの様子を伺っているバイトちゃんと目があった。
私が無言で頷くと、バイトちゃんは娘の下へ駆け寄っていた。

「娘ちゃん、ありがと!先上がっちゃって!」

バイトちゃんからの声掛けに頷き、娘は二階へ上がっていった。

そのやりとりを横目に、私は山になった洗い物に取り掛かる。
しばらくすると店内の片付けが終わったのか、バイトちゃんが厨房に入ってきた。

「…娘さんとなにかありました?」

そんなことを言いながら、バイトちゃんは私の隣に立ち、洗い物の片づけを手伝ってくれた。

流石。鋭いなぁ…。

私は、隠してもしょうがないと思い、昨晩の娘との喧嘩の顛末をバイトちゃんに話すことにした。

喧嘩のキッカケは些細なこと。
娘が「旅行に行きたい」と言い出したのだ。
私はそれに対し「お店があるからそれは出来ない」と。

いつもなら、ここで娘が引いてくれるのだが…。
昨晩の娘は違った。

「なんでお休み出来ないの!?毎日頑張ってるから少しはお休みしてもいいじゃん!!」

それでも、私は「お店を休むわけにはいかない」と一歩も引かず。
結果、娘に「大っ嫌い!」と言われてしまったのだ。

私の話を黙って聞いていたバイトちゃんは、ゆっくりと口を開いた。

「うーん…。休めば?」

へ?

私は予想外の回答に口をパクパクさせていると、バイトちゃんがまっすぐにこちらを見て追撃してきた。

「このお店が大切なのはわかりますけど…。娘さんとの時間も大切にしないと」

いや…でも…、常連さんとかいるし…。

私がしどろもどろに言い訳を並べようとすると、バイトちゃんは少し怒りに満ちた声でこう言った。

「今度の夏休みは、娘ちゃんを旅行に連れて行くこと!約束っ!」

いつもの気だるげな雰囲気からは想像出来ない剣幕。
見た目がヤンキーな彼女の雰囲気に押され、私はつい、こう答えてしまった。

「…はい。わか…りました」

すると、バイトちゃんの表情が一気に緩んだ。

「…だってよ、娘ちゃん。ちゃんと聞いた?」

バイトちゃんの声をキッカケに、どこからともなくニッコニコの娘が現れた。

「ねぇ!?かーちゃん!!ほんと!?やったー!!」

…やられた…。

けれど、バイトちゃんと娘がニッコニコでハイタッチしてる姿を見て「どこへ行こうかな?」とか考え始めてる自分がいることに、ちょっとだけ後悔を覚えた。

…バイトちゃん、ありがとう。

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