扇風機 #シンカの学校 ラジオ投稿ネタ

海のように広がる青空。
日照りで揺らぐアスファルト。

私は、空調の効いた車の中で、ハンドルを握りながら信号待ちをしていた。

チラッと横目で、助手席に座る娘の『ゆず』の様子を伺う。

ゆずは、じーっと窓の外を眺めている。
なんとなく、ゆずの視線の先を追ってみると、そこには信号待ちをしている学生さんがいた。

「ねぇ?かーちゃん?あのおねーちゃんが持っている白いのはなに?」

ゆずの声に反応して、じーっと学生さんを観察すると、口の高さに白いなにかを持っている。

「あー、あれね。あれ、ちっちゃい扇風機」

「せんぷうき?」

なぜか不思議そうな顔をして、こちらをみるゆず。

ん…?
扇風機をしらない…?

ちょっとだけ違和感を覚えつつ、私は『扇風機』がなんなのかを説明することにした。

「そう。扇風機。あそこからね、風が出るの。おうちにもあれより大きいのがあるよ」

「えっ!?おうちにもあるの!?」

キラキラした目でこちらを見るゆず。

…ん?
おかしいな?
家でも普通に使ってるはずなんだけどな…。

そう思いながら、視線を正面に戻すと信号が赤から青へ変わった。

私は、ふんわりとアクセルを踏み込み、自宅へと車を発進させる。
BGM代わりにかけていたカーラジオからは、午後3時の時報が流れていた。

車を走らせること数十分。
私達は家に到着した。

「ただいまぁ!」

ゆずが元気よく帰宅の挨拶をする。
返答の代わりに出迎えてくれたのは、むわっとした熱気だった。

「ゆず、手、洗ってきなさい」
「はぁい」

ゆずは素直に返事をして洗面所へ向かった。
私は、リビングへ直行してエアコンと扇風機の電源を入れる。

扇風機の風によって、部屋の中で留まっていた空気が流れ出す。

私がそのままの足でキッチンへ向かい、手を洗っていると、ゆずが洗面所から戻ってきた。

「ねぇ、かーちゃん!『せんぷうき』はどれ?」

少し興奮気味に部屋をキョロキョロ見渡しているゆず。

なにをそんなに期待をしているのか全くわからないまま、私は黒のタワー型扇風機を指差した。

「アレだよ?」
「…コレかぁ…」

明らかに肩を落としながら、扇風機の前へ向かうゆず。

「…風、くるね…」

そう言うと、ゆずは悲しげな表情で扇風機を眺めながら、全身で扇風機の風を浴びていた。

ゆずが何を期待して、何に落胆したのか全く理解できないまま、私は夕食の準備に取り掛かることにした。

何品か作り終わった頃。
テレビから夕方のニュースが流れてきた。

もう、そんな時間か。
そろそろ、夫も帰ってくるかな?

そう思った瞬間、玄関からガチャッという音が聞こえてくる。

「ただいまー」
「あっ!とーちゃんだ!おかえりー」

そう言いながら、ゆずは玄関へ走っていった。

「おっ!ゆず!ただいま!今日はね、ゆずにプレゼントがあるんだ」
「え!?プレゼント?なになに?」

そんな会話をしながら、リビングに戻って来るゆずと夫。
ゆずはいつの間にやら、夫の腕に抱かれていた。

私は料理に集中しつつ、夫に「おかえり」と声をかけた。
夫もチラッとこちらを見て「ただいま」と返事。

「ねぇ!プレゼント!なに!?」

ゆずが私達のコミュニケーションの間に無理やり割って入ってくる。

夫は、ゆずをソファにおろし、カバンの中から白いハンディファンを取り出し、ゆずに手渡した。

「あ!せんぷうき!しかも、白!!」

受け取ったゆずは、目をキラキラにさせながら、受け取ったハンディファンを眺めている。

「どうしたのそれ?」
「いや、会社で貰ったんだけどさ…」

夫から入手経緯を聞き出していると、ゆずが口元にハンディファンを当てながら、ソファからすくっと立ち上がった。
そして、どことなく涼し気なキメ顔。

ゆずのその姿を見たとき、信号待ちの学生さんが脳裏をよぎった。

あっ…、なるほど!
ゆずは扇風機でアレがやりたかったのかも。

「お!どうだ、ゆず。涼しいか?」
「うん!凉しい!とーちゃんありが…」

なにかの違和感を感じたのか、ゆずは口元から離したハンディファンをしげしげと見つめている。

そして、恐る恐るハンディファンを口元にあてなおして

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

と声を震わせた。

そういえば、そうか。
うちの扇風機はゆずが生まれてから、ずーっと羽なし。
扇風機に向かって「あ゛ー」とやるのも、ゆずにとって初体験。

同じことに気づいた夫は、ニヤニヤしながらゆずの隣にしゃがみこんだ。

「ゆず。ちょっと貸してごらん?」

不思議そうな顔をしながら、ハンディファンを夫に手渡すゆず。

やるのか…?
あの伝統芸…。

夫は私の期待通りに口を動かし始めた。

「ワレワレハ、ウチュウジンダ!」
「…とーちゃん、違うよ?ゆず達は日本人だよ?」

絶妙な間でのゆずのツッコミに、静まり返る空気。
静かになるハンディファンの音。

開いた口が塞がらない夫。

その表情を見た私は、思わず「ブッw」と吹き出してしまった。
それにつられて夫も爆笑。

ゆずは、私達が笑っている理由が理解できないのだろう。
不思議そうな顔しながら、私達の顔を交互に見ていた。

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