傘 #シンカの学校 ラジオ投稿ネタ

一面灰色の空。
蒸し蒸しと身体にまとわりつく熱気。

そんな中、私は娘の『ゆず』と二人、保育園からの家路を歩いていた。

「今日はねー?踊りの練習したんだぁー」

そういうと、ゆずは繋いでいない方の手をヒラヒラとさせた。

「そうなんだねー。上手だねー」

イソギンチャクのように舞うゆず。
それを見た私は、素直な感想を述べた。

ービュウッー

異様に冷たい風が、私達の間を吹き抜けた。
あたりからは磯の香りがふわっと香ってくる。

あー…これは…。

嫌な予感が駆け巡る。

家まではあと少し。
ギリギリ間に合うか…?

そんなことを思いつつ、私は少しだけ歩くスピードを速めた。

「ねぇ!かーちゃん!!」

私の左手から文句が聞こえてくる。
声がした方に視線をやると、ゆずが小走りをしていた。

「あっ…、ごめん、ごめん!」

そういいつつ、歩みを緩めてゆずに振り返る。
その瞬間、『ポツッ』と冷たい何かが頬に当たった。

やっぱり。

私は咄嗟に、ゆずを抱き上げた。

なんとか…。
なんとか待ってくれたりは…?

ーザーッ!ー

小さな祈りも虚しく、あたりは激しい雨音に包まれる。
私は、ゆずの頭を庇うように手をかざしながら、小走りで家へ向かった。

雨に降られること数分。
シャツの袖が肌にまとわりつくようになった頃、ようやく、私は家にたどり着いた。

玄関で小脇に抱えたゆずに目をやると、髪から水が滴っている。
私は、ゆずを抱えたまま脱衣所へ直行した。

ゆずから濡れた衣類を剥ぎ取り、バスタオルで身体を包んであげた。
すると、ゆずは、自分の頭を『わしゃわしゃっ』とタオルで拭きはじめた。

その姿を確認して、私が服を脱ぎ始めたとき、ゆずがボソッと呟いた。

「とーちゃん、大丈夫かなぁ…?」

チラッと窓の外に目をやると、先程より雨はだいぶ小降りになっていた。

なんで、雨の降りはじめって、バケツをひっくり返したかのような降り方するんだろうか?

少しだけ恨めしい気持ちになりながら、私もタオルで頭を『わしゃわしゃっ』と拭きはじめる。

「お迎え…行ってあげたほうがいいのかな…?」

何かを期待したような眼差しで、チラチラっと、こちらを見るゆず。

「そうねー」

私はテキトーな相槌を打ちつつ、もう一度、窓の外を見た。
どう見ても小雨。

…たぶん、歩いて帰ってくるな…。

そう思いつつ視線を戻すと、そこにゆずはいなかった。

「ゆーずー!ドライヤーするから戻っておいでー!」

「…。はーい!!」

一瞬の間を置いて、リビングからやたら元気な返事が返ってくる。

…ん?

少しの違和感を覚えつつ、ドライヤーの準備をしていると、違和感の正体が戻ってきた。

「ゆーずーがとーちゃん迎えに行く!」

そこには真っ白な雨合羽を着たゆずが、胸を張って立っていた。

あっ!そういうことか。

先日、ゆずにねだられて買ってあげたはいいものの、なかなか出番がなかった雨合羽。

これを着たかったらしい。

「ね?ね?ゆきだるまみたいでしょ?」

くるっと一周するゆず。

「…うん!かわいいねー」

私は、喉元まで出かかった『とある言葉』を無理矢理飲み込み、なんとか返事をした。

「ね?いいでしょ?」

ゆずは、雨合羽をねだってきたときと同じ上目遣いでこちらを見ている。

バス停までは目と鼻の先。
もうすぐ夫も帰ってくる時間。

「うん。お願いします」

私は、ゆずに夫のお迎えをお願いすることにした。

「やったぁー!!」

歓声を上げるゆずを横目に、私は手早く着替えを済ませて、ゆずを玄関まで見送ることにした。

「じゃ、よろしくね」

そういいつつ、私は夫の傘をゆずに手渡す。
ゆずは自分の身長ほどある傘を抱えて、誇らしげにこちらを見ている。

「いってきます!」

私は、小さくも少しだけ頼もしい背中をしっかりと見送った。

さて…と。

私はリビングに戻り、急いでマスクをしてキャップを被る。

スマホ、OK。

私はカメラ機能を起動しつつ、ゆずのあとを急いで追いかけた。
数メートル先にゆずの後ろ姿を発見。
私はスマホを構え、動画の撮影を開始した。

「ゆず、はじめてのお迎えです」

私は小声でナレーションを入れながらも、一定の距離を保ちつつ、ゆずの姿を撮り続ける。
しばらくすると、ゆずは無事にバス停にたどり着いてしまった。

…まぁ、なにも起こらないよね…。

勝手に落胆しつつ、ゆずをカメラで撮り続ける。
傘を抱え、じーっと待っている、ゆず。

あ、意外かも…。

普段は甘えん坊のゆず。
すぐに抱っこをねだってくるゆず。
そんなゆずが、雨の中、ただ、じーっと夫の乗ったバスを待っている。

そんなことを思いつつ、目頭を熱くしていたら、いつの間にかバスが到着していた。

私は、慌ててスマホを構えなす。

バスから降りてくる、一人の見慣れた男性。
私は男性の顔をアップで映した。

「えっ!?…ゆず…?…ゆず!!」

一瞬だけ目を大きく開き、そのあとすぐ、糸のように目を細める男性。

「とーちゃん!おかえり!!」

どこか自慢げな表情のゆず。

「お迎えに来てくれたのか!ありがとうなー!」

夫は雨でビショビショのゆずを、勢いのまま抱きあげた。

「どーお?似合う?」

ゆずは夫に問いかける。

「うん!似合う!めちゃくちゃ可愛いよ!てるてる坊主みたい!!」

あっ!言うと思った…。

「…違うっ!雪だるまっ!!てるてる坊主じゃないもんっっ!!」

不貞腐れるゆず。

そんな二人のやりとりを動画に収めつつ、私は2人の元へ歩み寄っていった。

「あっ!かーちゃん!!」

ゆずのおかげか、雨はすっかりやみ、空は群青色に染まっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?