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生き方をよく考えた一年

今年最後の釜石を見ながら、こないだ乗った仙台行きのバスにまた乗る。

道路は不思議なくらい凍ってなくて、バス停までの私の危ない運転もセーフ。。。

遠野、花巻に近づくにつれて景色は真っ白。

2019年は

三回引っ越しして(3回目は年明けやけど)、
家がないなぁ〜を初体験し、
仕事ないなぁ〜を初体験し、 
ゼロから人間関係を築くことをやってみて、
東北弁にものすごく親しみ、
東北の友達が増え、
それに付随して全国にも友達が増え、
自由に、好きなように生きることができるようになってきた。


すごい一年やなぁ〜激動すぎるなぁ...と自分でも思う。


よく笑って、よく泣いた。

オトナになってから、一番楽しい一年やったような気もする。オトナになってから、一番よく泣いた一年でもあるけどね。


私は今年、同い年の幡野さんという写真家の書く文章をよく読んだ。難治性の血液がん患者で、父親で。


生き方を決められないと、死に方も決められない。... これまでの人生で選ぶ状況や選択肢が全然なくて、押し付けられて生きてきてしまうと、死に際になっていきなり(自分の生き方を)選びましょうって言われてもやっぱり選べないですよ。


本当の大人は、人に押し付けられずに、自分で考えて好きなことをできる人だと思います。でも自分の好きなものを選び取っていくことは、健康なうちからでないとできないと思います。


この人の言葉に、幾度となく勇気付けられたな。『私、これでええな』って何度も確認し直しながら。。


私は今になってようやく『自分の意思で生きてるなぁ』という気がしている。


もちろんその代償として、結構ロクでもない目にもあうし、なんでそんなことになるねーん?!っていうことにも度々遭遇している。


多分これからも、それは変わらなさそう。もうそれは、生まれもった運?か何かなんやろう。(でも、ほんまはそんなんイヤや)


昨晩友達と、

人間の致死率は100%やから、
どう死にたいか

という話をしていた。

どこかで一人で死ぬ...というのは、あんまりにも寂しいかもよ。大事な人に手を握ってもらって、眠るようにいけたらすごいよね。


せやねん。ほんま、それな。
ついつい忘れてしまいそうになるけど、人は死ぬ。


私は、愛する人たちと一緒に生きる人生がいい。さいごまで、そうやって生きていきたいね。


大事な人たちは、これからももっと増えていくと思う。そんな時、どんな生き方も『それ、おもろい!ええやん!』って言える自分でいたい。


だから、
私自身がまず『私はこれでいい!』というふうに、生きていく。


そして、
世界はとても広いんやから、自分の小さな認識だけで勝手に世界を狭くしない!!


自分が納得いくように生きたい!という一心であるがゆえに、無駄な苦労の多い私やけど。でもそれは譲れないのよ。どう考えてもね。

この後、お決まりかのように
私のズボンの上に苺オーレをぶちまけやがったこのムスコ。。。

気がおさまらねぇぜ。。

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