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PINK

ピンクの12インチ MacBook。4年半前に私が初めて手にした、いわば "my first Mac" だ。買った場所は、北米 Boston Logan 空港の出国ゲートを出たその先にある、Apple store だった。Boston での任務を終えて無事に出国した私は、その日、いつものように空港ウェイティング・エリアの電源を使って追充電しつつ、ラップトップを立ち上げようとしていた。が、昨日まで普通に使っていたラップトップが、どうやっても暗い画面のままでうんともすんとも言わなくなってしまった。反応がない。これはまずい… ぶっ壊れた。空港でフリー使用できる公共のコンセントは電圧が不安定だから信頼性が低い… そんな話を聞いてはいたが、まさか自分のラップトップにそれが起ころうとは… Boston での仕事は終えた。しかし、今回の出張ツアーでの大本命は、これから向かう英国 Newcastle での会議である。PC無しはあり得ない。PCさえあれば、連絡さえついてクラウド上の共有情報がダウンロードできて足りないものを日本から送ってもらえさえすれば、なんとかなる。何年も前から年に何度も行き来して勝手知ったる Logan 空港、そういえば近くに Apple store があったはず!買うしかない!そうやって手に入れた "my first Mac" だった。搭乗便までには十分な時間があったから、購入後直ちにウェイティング・エリアでセットアップを完了し、次の目的地 Newcastle の滞在先ホテルから、日本で留守を守ってくれていたピロ子ちゃんと連絡を取ることができた。そしてなぜかそのホテルでは、暗い画面のまま無反応だった私のラップトップも無事に立ち上がってくれた。

その半年ほど前、闘病状態にあった先代社長の最期をご家族と共に看取り、引き継いだ任をなんとか前に進めるべく、仲間の力を借りながら、しかしひとりで、キリキリと動いていた私だった。Apple store には、このピンクの MacBook と、シルバー普通色の Mac もあった。どちらにするか、仕事用だから、でも、と、若くて元気のいい店員さんの前でちょっとだけ悩むふりをして、しかし、そのとき <欲しい!> と思ったピンクの Mac を私は手に入れた。もし先代と一緒の出張だったら、私は絶対にピンクを選ばなかっただろうと思う。そんな、甘くて、ふんわりと華やいだ色を。日本人は、欧米人よりもずいぶんと若く見られる。ご多分に漏れず、私もそうだ。しかも、女性。品良く、且つ絶対に仕事相手から舐められないように。私は、自分が身につけるものに関して、ずっとそんな視点で選んできたように思う。でも、そのとき私が選んだのはピンク。シルバーなんてつまらない、有無を言わせずピンクだった。ピンクが好き。好きを選んで何が悪い?…いま思えば、そのときの "ピンク" が、4年半後の、いまの私への、ひとつの転機であり、 "しるし" となったように感じる。

私は元来シックな色合わせも好きだけれど、このところ、持ちものや身につけるものが少しずつカラフルになってきている。そしてピンクも増えている。毎朝湯を沸かして白湯を飲むための鉄瓶もピンク、お気に入りのベイカーパンツもピンク。靴下も手ぬぐいもピンク。ピンクのネイルも好き。そしていま私が欲しいのは、ピンクカラーにカスタマイズしたタップシューズ!

キリキリと頑張っていた仕事は、思ったようには進まなかった。どう考えても越えようがない障害がいくつも顕在化して、中断せざるを得なかった。そのことについても、私なりに真っ当な落とし前をつけて、これまで永く応援し続けて下さっていた支援者の方々のお気持ちに報いることが、ひとまずできたように思う。そして、この25日、先代が亡くなって5年目を迎える。4月25日にライブを入れようか?そう計画を進めていたとき、私はこの日が命日であることをすっかり忘れていた。そして、諸々決めた後になって、あっ、そうだった、と思い出した。忘れていたことが少しショックだった。けれどそれは、5年という長くもあり短くもある必要な時間をかけて、私が見つめる方向が、私の在り方が、少しずつ変化してきた、健全な証でもあるように思えた。「なんだよ?ライブかよ?好き勝手やってんな!いいじゃねぇか!」先代なら、そう言って笑ってくれそうに思える。今年は、歌舞音曲で命日を偲ぶのも、一興かもしれない。


追記:この文章「PINK」は、ご縁を頂き、折に触れてやりとりさせて頂いている、敬愛する同学の大先輩、内田洋子さんがお書きになったエッセイ「見知らぬイタリアを探して 〜 肌合いの違い」をきっかけにして、書いてみようと思い立ったものです。洋子さん、どうもありがとうございました。


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