『低温物理実験技法』§3. 冷凍機の種類

 温度を冷やす冷凍機(クライオスタット)には、液体N2と液体Heを用いるものがある。液体N2は潜熱が大きく、寒剤が安価なので、熱流入にそれほど気をつかう必要がない。一方、液体Heの場合は熱流入防止の手段を講じる必要がある。

 液体Heを用いた冷凍機には複数の種類があり、それぞれに長所と短所がある。一般に言って、超伝導マグネットなどの大きな冷凍機は「バス(bath)型」のクライオスタットがよい。一方、試料スペースのサイズが小さく、急激な温度変化をさせたいなら、冷凍機にHe貯蔵層は必要なく「フロー型」のクライオスタットが便利である。

§3―0. デュワー瓶
 寒剤を入れる容器の基本はデュワーである[2]。デュワーは魔法瓶であり、間を真空にした二重の壁をもつ。材料はガラスと金属に大別される。

 ガラスデュワーは、室温からガラスを通しての熱放射をさえぎるために、真空に面した壁面を銀メッキする。ガラスデュワーの特長は、
・真空漏れの心配がないこと
・内部が見えること
・金属製より安価なこと
である。一方で欠点は、
・破損しやすいこと
・寸法の精度が悪いこと
・場所をとこること、
・自作が難しいこと
・大きさに限度があること
・ヘリウムは室温でガラスの中を拡散して真空部に入り真空度を下げるので、ときどき真空引きが必要なこと
があげられる。

 金属製のデュワーの材料は、通常ステンレススチールが一般的である。
・薄く作れること
・精度と強度に優れていること
が利点で、
・漏れのない溶接をするために技術と注意が必要なこと
・高価であること
が欠点となる。

§3―1. 液体窒素のクライオスタット
 液体4He用のクライオスタットは全て液体N2に使えるので、液体He用の装置を有している場合は特に液体N2用の装置を用意する必要はない[2]。

 一番簡単な実験は、液体窒素の貯蔵容器に試料を差し込むことである。金属のデュワーが市販されているが、食品用の魔法瓶でも代用できる。スチロフォームの蓋をつけ、液体が空気に触れないようにすることが望ましい。

 試料を取り付ける支持棒にはキュプロニッケルやステンレススチールなどの熱伝導の悪いものを使う必要があるが、配線は直径0.2 mmの銅線や同軸ケーブルでも問題ない。同軸ケーブルは絶縁のスチロールの収縮が大きいので、途中でたるませて余裕をもたせる必要がある。

 減圧すれば温度を63 Kまで下げられるが、さほど温度が変わらないので余り行われない。逆に温度を上げたい場合には、以下のようにする。
・液面より上に試料を配置する。試料部にヒーターをつける(銅製のキャップにマンガニン線を巻き付ける)。また、液面内にもヒーターを用意する(巻き線抵抗器を用いる)。
・温度を上げるときは、試料部のヒーターを用いる。
・温度を下げるときは、液中のヒーターを加熱することで蒸発ガスを増やす。

 バス型の液体窒素クライオスタットを作るのは、液体ヘリウムの場合よりも難しいかもしれない。液体窒素温度では、真空断熱層の残留ガスは凍結しない。真空断熱層の真空度がクライオスタットの動作に重要であり、ソープションポンプが真空断熱層の真空引きに適している。

§3―2. バス型の液体ヘリウムクライオスタット
 液体ヘリウムの貯蔵層があるので、連続的にHeを入れ続ける必要はない。ヘリウムの保持時間は使い方によっても変わってくるが、典型的には10時間から4か月の間である[1]。

§3-2―1. バス型の液体ヘリウムクライオスタットの種類
 ヘリウム貯蔵層の周囲は真空断熱層で覆われることによって、熱伝導と対流によるヘリウムのロスを防ぐことができる。しかし、ヘリウム貯蔵層の周りに液体窒素層があるか否かで2つのパターンがある。ステファンの法則によると、高温部から低温部への放射熱の大きさは温度の4乗に比例する。室温300 Kから4.2 Kへの放射熱の大きさは77 Kからの放射熱の230倍になるので、その違いは大きい。通常のクライオスタットでは、真空断熱層に超断熱性を有する積層膜を用いることで更に熱放射を抑えている。

① 液体窒素層のあるクライオスタット
 液体窒素層は液体ヘリウム層の首の部分に位置し、室温から流入する熱伝導を抑えることができる。

 液体窒素層があるおかげで、シールド部の温度を一定に保つことができる。また、ネックの部分に液体窒素層があるために、全長が短い装置も設計可能である。真空断熱層にガスを入れることによって急速に温度を上昇させることができる。

 一方、デメリットとして、液体窒素を定期的に継ぎ足す必要がある。また、蒸発による振動が乗ってしまう。液体窒素層の内部は、表面付近は蒸発ガスによる静水圧が高いために温度が窒素層底部よりも低くなっている。この状態が乱されると液体窒素が窒素ポートから噴き出すことがある。

 液体窒素層のポートは、空気が流入することを避ける必要がある。氷ができて出入口が閉塞すると爆発の危険性があるからである。端を閉じたゴム管の一部分にカミソリで切り目を入れて取り付けることで、簡易的な逆止弁の役割をさせることができる。

② ガスシールド型のクライオスタット
 液体窒素層の代わりに、液体ヘリウム層から蒸発した冷たいヘリウムガスを使うことができる。このタイプは2層から6層のシールドを用い、ヘリウムガスで冷却する。シールド間は超断熱材で満たされている。ヘリウム蒸発の速さは液体窒素層を有するクライオスタットと比べても変わらない。

 メリットとしては、液体窒素を継ぎ足す必要がなく、また液体窒素の蒸発による振動もない。一方デメリットとしては、全長の短いクライオスタットだと、液体窒素層を有するタイプと比べて蒸発量が増えてしまう。また、シールド層の温度が、溜まっている液体ヘリウムの量に依存して変化してしまう。

§3-2-2.温度可変インサート(VTI)
 温度可変インサート(VTI)をバス型クライオスタットに挿入することで、サンプルの温度を変えることができる。インサートの内部と液体ヘリウム層は真空断熱層で隔てられている。ラジエーションシールドにより、試料部分が高温のときでも放射熱が液体ヘリウム層に影響を与えるのを防ぐ。このシールドは液体ヘリウム貯蔵層から蒸発するガスで冷やされている。

 VTIの温度は通常1.5 Kから300 Kの範囲であり、好きな温度に制御できる。非常に低温はシングルショットモードで達成することもある。すなわち、試料層を液体ヘリウムで満たし、ニードルバルブを閉めて真空引きすることで低温を達成する。

§3-2-3.ラムダ温度冷凍機
 超伝導マグネットは通常4.2 Kで動作するが、より冷やせばもっと性能を発揮できる(より高磁場を発生できる)はずである。4.2 Kよりも低い温度を達成するには、液体ヘリウム層をロータリーポンプで真空引きすればよい。しかし、次節で詳しく説明するように、2.2 K(ラムダ温度)以下では4Heは超流動状態になり、さらに温度を冷やすとヘリウムの消費量が増えてしまう。

 このように単純にヘリウム層全体を冷やす手法ではデメリットがある。大量の液体ヘリウムを使用するし、液体ヘリウム層を真空引きするためリークがないように特に気をつける必要がある。また、液体ヘリウムを追加で充てんするときには、4.2 Kに戻して大気圧にする必要がある。

 ラムダ温度冷凍機は上記の問題を解決する。ラムダ温度冷凍機はラムダプレートとも呼ばれ、熱絶縁プレートの下部にパイプがついた構造をしている。ラムダプレートはヘリウム浴の中に設置され、プレートの上部と下部を熱的に絶縁する。パイプはヘリウム浴の外部に設置されたニードルバルブと真空引き配管ラインにつながっている。冷凍能力は、つなげるロータリーポンプのサイズに依存する。真空引きすることで冷却し、その程度はニードルバルブによって調整される。冷やすときにはニードルを大きく開けて、ラムダ温度に到達したら締め気味にするのが基本である。

 液体ヘリウムの密度は温度によって変化するので、低温の液体ヘリウムはヘリウム層底部に沈む。それにより2.2 Kの温度に保たれる。一方で、高温の液体ヘリウムは上部に向かうため影響は小さい。液体ヘリウムの熱伝導は(2.2 K以下の超流動状態でない限り)とても低いので、ラムダプレートの上部は急激な温度勾配がつく。液体ヘリウムの表面付近は4.2 Kで大気圧に保たれる。

 ラムダ温度冷凍機は、液体ヘリウム全体でなく、少量の液体ヘリウムをラムダプレートで冷やすので、コストを抑えることができる。自動化もすることができ、液体ヘリウムの最充填も動作を止めずに行える。従って、前述のデメリットが改善されている。

§3-3.フロー型の液体ヘリウムクライオスタット
§3-3-1.フロー型の液体ヘリウムクライオスタットの種類
 フロー型クライオスタットは複数の種類がある。液体ヘリウムベッセルからヘリウムを供給する場合と、バス型クライオスタットとしてクライオスタットにヘリウム層が付属しているものもある。フローの量と、サンプル周辺に取り付けられたヒーターのバランスで冷凍パワーを調整できる。

 動作原理は前述の温度可変インサート(VTI)と同じである。しかし、装置自体に液体ヘリウム貯蔵層がなく、液体ヘリウムベッセルから液体ヘリウムを供給する場合がある点で異なる。その場合、Low loss(あるいは gas flow shielded)トランスファーチューブを用いて、液体ヘリウムを装置に供給する。

 温度は、大抵の装置で300 Kから4 K以下の範囲で制御可能である。低温はシングルショットモードで達成する。すなわち、試料層を液体ヘリウムで満たし、ニードルバルブを閉めて真空引きすることで低温を達成する。一般に、VTIと比べて最低到達温度は高くなってしまう。これはトランスファーチューブにおける熱的ロスのためである。

§3-3-2.静的(static)型あるいは動的(dynamic)型のフロー式クライオスタット
 試料層に液体ヘリウム層からのガスが直接流れるか、流れないか(熱伝導による冷却)のいずれかでフロー式クライオスタットは2つに分かれる。

①動的なタイプ
 動的なタイプでは、試料層に液体ヘリウム層からのガスが流れる。従って、温度は流入するガスに影響される。流入する気体の温度はサンプル層下部に設置された熱交換部で、流量とヒーターにより制御される。温度コントローラはこの制御を自動的に行ってくれる。流入したガスは装置上部のポートから排出される。

 このタイプは使いやすく、温度を急激に変えられる。しかし、温度の安定性は高くない。また、熱交換部にある細いガス管(capillary)が試料交換時の氷で詰まり(ブロック)やすいので十分な注意が必要となる。

②静的なタイプ
 静的なタイプも動的なタイプと同様の動作原理であるが、ヘリウムガスは試料層に流入しない。試料層の周囲(anulus)を流れ、試料層内部の熱交換ガスを通じて熱コンタクトをとる。熱交換ガスの圧力は装置に適した圧力に調整する。一般に、低温で壁に付着したHeガスは低温のままでは抜けきらないので、熱交換のために入れる4Heガスはできるだけ低圧にとどめる必要がある。温度の安定性は動的なタイプよりも非常によいが、温度変化にかかる時間は長くなる。

 非常に使いやすく、capillaryがブロックする心配もない。実際に、大量の氷が試料スペースに溜まることもある。温度の安定性がよい一方で温度変化に関する時間がかかる。特に、温度を急激に下げることが不可能である。

§3-4.液体ヘリウムデュワー
 液体ヘリウムを保管する液体ヘリウムデュワーは、高い強度と低い蒸気圧をもつように設計されている。通常、首の部分は細く、大量の超断熱材が使用されている。

 液体ヘリウムデュワーはトランスファーチューブでヘリウムを供給する用途で使われるが、首の部分が直径50 mmと大きい場合には、小さいVTIであれば装着して実験することもできる。オックスフォードでは、compact VTI、Heliox 2VL (3He冷凍機)、Kelvinox15(3He/4He希釈冷凍機)などが販売されている[1](現在は型番が変わっているようだがよくわからない)。

§3-5.閉サイクル(closed cycle)冷凍機と再凝縮機
 閉サイクル冷凍機は、単独で用いて試料温度およびラジエーションシールドを冷やすために使われる[1]。超伝導マグネットを含んだシステムを作ることも可能である。一方、バス型クライオスタットのラジエーションシールドを冷やすことで、ヘリウムの蒸発を減らすこともできる。液体ヘリウムの消費量を減らすことが可能であるが、He蒸発量が大きい場合にはあまり適さない。

 このタイプの冷凍機は初期コストが高く、消費を減らせるヘリウム代を賄えるまでには長い時間を要する。また、5000時間程度で定期的にメンテナンスが必要である。また、試料に振動ノイズがのることがあるので注意する。閉サイクル冷凍機は、ヘリウムガスを再凝縮しヘリウムバス層に戻すこともできる(再凝縮機)。無冷媒型の冷凍機や再凝縮機については、別の節で詳しく説明する。

§3-6.ペルチェ効果冷凍機
 ペルチェ効果冷凍機では、直流電流を流すことで試料温度を冷やすことができる。1段の冷凍機だと-40℃、6段だと-100℃までいけるかもしれない(-80℃の冷凍能力1 mW)[1]。

ペルチェ効果冷凍機には、以下のようにいくつかのメリットがある
・振動が無い。
・狭い温度範囲で限られた冷凍能力であるが、安価である。
・環境に対する悪影響がない。
・小型で軽量である。
・形状が自由に選定できる。
・電流方向を変えると、冷却だけでなく加熱もできる。
・温度応答性がよい。
・長寿命である。
・単純な構造のため、取り扱いが容易である。
・保守が容易である。

§3―7. 熱伝導率の温度積分値(300 Kから0 Kの範囲)
 以下に、サンプルロッドに用いられる材料における熱伝導率の温度積分(300 Kから0 Kの範囲)の値を示す。熱負荷を計算するときの参考になる。
・銅(電解銅) 1620 W/cm
・銅(無酸素銅) 1520 W/cm
・アルミニウム(99%) 730 W/cm
・銅(りん脱酸銅) 460 W/cm
・真鍮 170 W/cm
・コンスタンタン 52 W/cm
・ステンレススチール 30 W/cm
・G10 ファイバーグラス 1.5 W/cm
・ガラス(平均値) 2.0 W/cm
・ナイロン 0.8 W/cm
・テフロン 0.7 W/cm

 低温で良い熱伝導が要求されるときは銅を、逆の場合は強度、入手のしやすさ、工作のしやすさの点からステンレススチールやキュプロニッケル(Cu-Ni合金)を用いることが多い[2]。

 非金属の熱伝導は金属と比較すると一般に悪いが、水晶、サファイヤ、シリコンなどの純度の高い単結晶ではフォノンの平均自由行程が長くなるために純金属と同程度になる。

§3-8. 熱放射
 一つの物体から別の物体に放出される熱量は、2つの物体の温度の4乗の差に比例する。典型的な放射率(物体が熱放射で放出する光のエネルギーを、同温の黒体が放出する光(黒体放射)のエネルギーを 1 としたときの比)を以下に示す。
・マットブラック(ペイント) 0.5~0.8
・清浄な金属 0.01~0.15
・超断熱(superinsulation)材 0.05以下

 一般に放射率は表面がなめらかでよく輝いている金属で小さくなり、低温で減少する性質をもつ。

§3-9. ガスの熱伝導と対流
 温度の異なる二つの壁の間に低圧のガスがあるとき、ガス分子は高温側と低温側の壁にぶつかることで熱を伝える。圧力が低いときは、分子同士の衝突の頻度を表す平均自由行程は、壁の間の長さよりも長くなる。このような仮定の下では、0.13 Paの4Heを1 mm間隔の壁に入れたとき、同じ厚さのガラスと同程度の熱伝導がある。

 細いクライオスタットのネック部における対流は通常無視できるが、大きいクライオスタットになると対流の効果を予想することは難しい[1]。最も単純な対策は、できるだけ多くのバッフルをネック部に配置することである。しかし、とても狭い領域をガスが流れる場合には、乱流が発生し、熱がネック部より下に流れ込む可能性がある。

§3-10. 熱膨張
 低温実験の装置をつくるとき、材料の熱膨張には注意が必要である。特に、異なった材料を組み合わせるときは、熱膨張への注意が足らないと壊れる場合がある。

 熱膨張は原子の熱振動が調和振動からずれていることに由来する。従って、低温では非調和性は小さく熱膨張はゼロに近づく。

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