『凝縮系物理学』§5:磁気異方性
§5.1 強い磁石の条件
現在のところ世界最強の永久磁石は、ネオジム磁石Nd2Fe14Bである。1gで鉄1kgを持ち上げることができる。プリウスのモーター部にも使用されており、あまり見えるところにはないかもしれないが、実社会に欠かせない磁石である。
永久磁石に必要な化合物特性は
①大きな磁化があること
②大きな結晶磁気異方性があること
③高い磁気転移温度(>>室温)であること
である。強い磁石という意味で大きな磁化は直感的に理解しやすく、磁気転移温度が室温より高いことも実用材料である以上必要なことは理解しやすい。②の磁気異方性とは、一方向のみに磁化され、その方向がぶれない、ということである。(イメージとして)サイコロのような等方的な形状であれば3方向に磁化が向けるが、そうではなくて、オセロのように1方向に安定な方向がある状態が望ましい。いくら磁化が強くても、磁化の方向が時々変わったら磁石として使えないからである。
また、結晶組織として、化合物相が
④配向されていること
⑤セル状組織であること
が必要となることが知られている。配向とは、結晶の軸が特定の方向にそろっていることである。セル状組織とは強磁性相が非磁性相で囲まれていることであり、それにより磁化反転を防ぐ。
以上のように、磁気異方性は磁石が磁石であるために重要な性質である。
§5.2 磁気異方性の起源
例えば、強磁性のFeに磁場をかけると、ゼロ磁場では磁区が入った構造をとるため磁化はゼロだが、磁場の増大とともに磁化が大きくなり、どこかの磁場で磁化は飽和する。この磁場を飽和磁場とよぶ。飽和磁場の大きさは結晶の軸の方向に依存し、Feの場合は、結晶の<100>方向に磁場をかけたときの方が、<111>に磁場をかけたときよりも飽和磁場が小さい。つまり、<100>の方が磁化しやすい。<100>を磁化容易軸、<111>を磁化困難軸と呼ぶ。磁化容易軸と困難軸の磁化曲線に挟まれた面積が異方性の強さに相当する。
磁気異方性には、物質固有の結晶磁気異方性と、外的要因を加えることで生じる誘導磁気異方性がある。
結晶磁気異方性の原因は、3d遷移金属ではスピン-軌道相互作用が主である。希土類元素を含んだ化合物においては局在した4f電子にはたらく配位子場により説明されるが、ここでは3d遷移金属を主に念頭におく。
結晶磁気異方性の起源において重要なものとして、
①シングルイオン異方性
②磁気双極子相互作用
③異方的交換相互作用
の3つがある。順にみていく。
①シングルイオン異方性という名は、結晶場中の一個のイオンにはたらく異方性を考察するやり方であるために使われる。基底状態の波動関数が、結晶場の対称性を反映して歪むために生じる。Sが1以上のときに生じる。S=1/2のときは等方的になる(丸い)。
スピン-軌道結合に誘起されたわずかな軌道角運動量が結晶方位との関係をもって生じ、その反作用でスピンの向きに影響を与えることにより生じる。例えば、結晶の対称性により電子が入る軌道の波動関数が(111)面方向に伸びている形をしているとすると、スピン-軌道結合により<111>方向にスピンが向きやすい。
②磁気双極子相互作用は、位置r_1に磁化m_1、位置r_2に磁化m_2があるとして、
と書ける。この式の第二項より、m_1とm_2がr_12方向を向いているときにエネルギーが一番小さくなる。よって、r_12方向が容易軸となる。
ただし、これは直線状に原子が並んでいる状況では異方性の原因になるが、二次元正方格子上のように対称性良く原子が並んでいるときはエネルギーは角度に依存しなくなる。低い対称性の結晶の場合に重要ということになる。
③異方的交換相互作用
下図のように、
波動関数の広がりが円盤状のように異方的な場合、円盤が重なる方向には波動関数の重なりが大きく、そうでない方向には重なりが小さい。このように向きによって波動関数の重なり方が異なり、重なりが大きい方向がエネルギー的に得となる(容易軸)。
このように交換相互作用もスピンの向きによって大きさが異なる。つまり、
のようにスカラー積では書けない部分がある。これを異方的交換相互作用とよぶ。異方的交換相互作用は
と書くことができる。ここで、i, j = x, y, zである。特に、J_ij = - J_ji のときは、DM相互作用と同じ形になる。
一方、外的要因に由来する誘導磁気異方性は、①方向性原子配列(原子対モデル)、②磁気弾性効果、③形状効果(不純物などの包含物に由来するもの)、④電界誘起の磁気異方性の4つが知られている。磁気異方性はスピントロニクスにおいても重要で、スピントロニクスの教科書にも詳しい説明がある。