『低温物理実験技法』§7.クライオスタットの配線

 測定される物理量は電気信号として取り出すことが多いので、クライオスタット内に導線(ワイヤ)を引き込む必要がある。クライオスタットは減圧されるので、引き込む部分は気密である必要がある。一番簡単には、金属管にワイヤを複数本入れてスタイキャストで固めることで気密ができる[2]。市販のハーメチックシールも利用できる。

 低温実験のためにはいろいろなワイヤが用いられ、実験に合わせて適切なものを選ぶ必要がある。ベストな選択は、ときに熱的な要求と電気的な要求の妥協の産物であることもある[1]。

§7-1. 熱的な要求
 冷凍能力は限られるので、システムの熱負荷を最小限にする必要がある。試料(や温度計)への配線はシステムの温度に影響を与える。熱伝導のよい物質の方が影響は当然大きい。不幸なことに、電気伝導度のよい物質は大抵の場合に熱伝導もよい。電気伝導度のよいワイヤは熱流入を増やしてしまう。

 しかし、超伝導物質は超伝導転移点以下で熱伝導が無視できる。通常の超伝導体だと8 K以下、高温超伝導だとより高い温度まで有効である。極低温領域では、電気伝導度の低いCuNi(キュプロニッケル)などを母材とする多芯の超伝導ワイヤが有効である。

 もし電気的な要求でワイヤの熱負荷が避けられない場合には、ワイヤを冷やすためにHeガスが利用できることがある。液体ヘリウムを用いたクライオスタットの場合、液体ヘリウムの潜熱よりもガスのエンタルピーの方が大きいため、Heガスがワイヤに当たる場合には20倍以上熱流入を抑えられる。

 低温部分では要求される温度に到達したことを保証するために、ワイヤは熱的にアンカーされるべきである。熱アンカーにより実験への熱流入を抑えられる。もし熱アンカーをせずにワイヤを温度計につなげたら、温度計は温まり実際より高温の値を表示することになる。

 以下に、線材やサンプルロッドに用いられる材料における熱伝導率の温度積分(300 Kから0 Kの積分範囲)の値を示す。
・銅(電解銅) 1620 W/cm
・アルミニウム(99%) 730 W/cm
・銅(りん脱酸銅) 460 W/cm
・真鍮 170 W/cm
・コンスタンタン 52 W/cm
・ステンレススチール 30 W/cm
・G10 ファイバーグラス 1.5 W/cm
・ナイロン 0.8 W/cm

§7―2. 電気的な要求
 以下のように用いる電流値、電圧値によってワイヤの種類は異なる。
① 低電流(0.1A以下)・低電圧(50V以下)・・・抵抗温度計など。
 直径0.1mmの固いエナメル被覆コンスタンタン線、マンガニン線、あるいはリン青銅線
② 中電流(2A以下)・低電圧(50V以下)・・・低パワーのヒーターなど。
 0.1-0.2mm直径の固いエナメルの銅線、8 K以下ならCuNiを母材とする多芯の超伝導ワイヤ。
③ 大電流(2A-150A)・低電圧(50V以下)・・・超伝導マグネットの電流配線など。
 高温部分は撚り線にしたエナメル被覆銅線、8 K以下は多芯の超伝導ワイヤ。Heガスによる冷却が必要。
④ 低電流(1A以下)・高電圧(50V~500V)・・・圧電素子など。
 低い電気抵抗のためには、テフロン(PTFE)絶縁された銅ワイヤ。低い熱負荷のためには、フレキシブルなステンレス同軸ケーブル。
⑤ 低ノイズ測定・・・高感度低温測定など。
 ツイストペアか、フレキシブルなステンレス同軸ケーブル。
⑥ 低損失な高周波伝送・・・RF信号を用いた実験など。
 ストリップライン、ツイストペア、フレキシブルかセミリジッドの同軸ケーブル、ステンレスのウェーブガイド。

§7-3. 実践的な技術
§7-3―1. ワイヤの束ね方
 一本のワイヤは小さく脆いので、取り扱いが難しい。従って、ワニスでくっつけてリボンにするのがよい場合がある。簡単に作る方法[1]は、木の板に4本のくぎを2本ずつ左端と右端に(望みの間隔をあけて)打ち付け、ぴんと張るようにくぎの外側を回すようにワイヤを巻いていく。ワイヤは重なるように巻いていき、ワニスを塗ってくっつける。何回も繰り返せば望みの本数のワイヤの束を用意できる。外側のくぎの部分でワイヤを切れば束ねたワイヤが出来上がる。

§7-3-2. ツイストペア
 電磁誘導による電気ノイズを減らすための基本的なやり方は、ツイストペアを作ることである。ツイストの間隔が大切だという人もいれば、単位長さ当たりのツイスト数を最大にするべきだという人もいる[1, 4]。

§7-3-3. ヒートシンク
 熱アンカーは低温下での配線において最も重要なことの一つである。いくつかの点で熱アンカーをとれば、熱流入を防ぐことができる。第一に考えるべきことは、液体ヘリウムやヘリウムガスがどこにあるかを考えることである。例えば、トップロード式の液体ヘリウムクライオスタットで、ヘリウムガスがワイヤに当たって外部に排出されるような場合には、十分な長さのワイヤが冷たいガスに当たるように注意すればよい。サンプルロッドに巻きつける形で配置することができる。

 しかし、多くの場合、真空中で実験が行われ、ガスによる冷却が難しい。その場合には異なる固定法が必要である。簡単な方法は、低温部に銅の柱を用意してそこにワイヤをまきつけることである。ワニスを使ってよい熱接触をとる。熱伝導はそれほどよくないので大面積を確保するようにする。

§7-3-4. ハーメチックコネクタ
 多くのハーメチックコネクタが売られている。室温の使用に適しているが、低温で使えるかは保証されていない。実際にテストをしてみる必要がある。

§7-3-5. 熱電効果の電圧
 異種金属を接合すると、熱電対のように電圧(典型的にはマイクロボルト程度)が発生する。従って、ワイヤの接合部分はないように極力すべきである。接合する場合は温度が完全に一致するように注意する。熱電対用の接続コネクタを使える可能性もある。

§7-3-6. 4ワイヤ抵抗測定
 抵抗測定は4ワイヤ(2本の電流印加用の配線、2本の電圧測定用の配線)で測定する。計2本の場合だと、ワイヤの抵抗による電圧降下が問題になる。電圧測定用に2本の配線を余計に用意すれば、配線に電流が流れないので試料の抵抗が正確に測れる。

 特に、温度計の抵抗をコンスタンタン線を使って測定する場合に注意を要する。大抵の温度計には、V+, I+, V-, I-というラベルがついたターミナルがついている。正しいターミナルに配線する。V+とI+は交換可能でないかもしれない。

§7-3-7. 同軸ケーブル
 ステンレススチールやベリリウム-銅など多種の材料でできた低温用同軸ケーブルが手に入る。十分長く、熱アンカーをしっかりとれば、超低温のシステムでも使用できる。ただし、磁性を有するケーブルがあるので、実験に影響を与えないか注意する。

 コアックスのケーブルは数キロヘルツまでの電気信号に最適である。極低温実験向けにも多くの種類のケーブルが販売されている。

 セミリジッドケーブルは高周波特性がよく、20 GHzまで使用可能である。熱アンカーの取り方はいくつかある。もしケーブルがヘリウムガスの中にあるなら、熱は内部の伝導体から外部の誘電体に伝わり、そして外部(ヘリウムガス中)に放出される。熱アンカーを特にとる必要はないかもしれない。

§7―4. 極低温
 1 K以下の低温まで同様のテクニックは使えるが、0.1μWの熱負荷でも温度上昇の原因になるのでより注意が必要である。以下の場所での熱アンカーが必要である。
・4.2 K 液体ヘリウム容器によって冷えている場所(熱の大部分が吸収される)
・1.2 K 1Kポット上
・0.6 K stillのところ
・50 mK コールドプレート上
・ミクシングチャンバー 配線が測定温度と同じになるように
 
§7―5. UHVシステム
 超高真空(UHV)システムにおける配線は、このnoteの範囲外である。しかし、
・UHVに適した材料を選ぶ(動作温度で蒸気圧が低いこと)
・高温でのベーキングに耐えうること
・穴が開いていないこと
が重要である。UHVシステム全体が低温になっていると、大抵の材料の蒸気圧が無視できるので楽である。

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