『凝縮系物理学』§2.角運動量と磁気モーメント

§2-1.磁化の担い手は何か?

結晶は原子が周期的に配列して出来ており、磁化は個々の原子の磁気双極子モーメントμ_iの総和として書かれる。

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磁化Mがある(=強(フェリ)磁性)ということは、①μ_iがゼロでないことと②足してゼロでないことの両方が必要である。①について、磁場ゼロでμ_i=0であるときは閉殻原子に相当し、反磁性が主になる。μ_iはあるが足してゼロになる場合は、常磁性、反強磁性、らせん磁性が候補となる。

原子の磁気モーメントμ_iは、①原子核の磁気モーメントと②原子核をまわる電子の磁気モーメントの和である。陽子と中性子の質量は電子に比べて1000倍以上大きいので原子核からの寄与は小さく、電子の磁気モーメントの寄与が主である。

磁気モーメントは角運動量に由来する。電子の磁気モーメントは、電子が原子核の周りを公転する軌道角運動量Lと電子が自転するスピン角運動量Sの二種類がある。以下ではそれぞれについて解説する。

①電子の軌道角運動量と軌道磁気モーメント

電子が原子核の周りを公転する場合を考える。

軌道角運動量

軌道半径をRで、速度をvとおくと軌道角運動量は

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である。公転面をxy面とすると

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となる。

磁気モーメントは

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書ける。電子の円運動による電流は、単位時間当たりの回転数を使って

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と書ける。代入して変形すると、

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となり、磁気モーメントは角運動量に比例している。

量子力学では、

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であり、L_zはとびとびの値をとる。

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ここで、lは整数である。よって、

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となる。μ_Bはボーア磁子とよぶ。μ_Bを単位とすれば、磁気モーメントは1μ_B、2μ_B、と数えられることになる。

②電子のスピン角運動量とスピン磁気モーメント

ディラックの相対論的電子論によると、

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である。ここで、g=2.0023である。角運動量が磁気モーメントを出す効率は、スピンのほうが約2倍大きいということになる。

以上により、電子の磁気モーメント全体は

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と書けることがわかる。μ_Bを単位として磁気モーメントは勘定できる。

ここまでで、磁化の起源となる原子の磁気モーメントは、原子核の周りをまわる電子に主に由来し、それは軌道角運動量とスピン角運動量(の2倍)の和で書けることがわかった。ただ、注意しなくてはいけないのは、原子核のまわりをまわる電子は、1つでなく、複数いることである。したがって、原子の磁気モーメントを議論するときは、複数の電子の影響を考える必要がある。

電子が複数あるとき、それぞれの状態は、4つの量子数n、l、m_l、m_sの組み合わせで決まる。エネルギー準位は低い方から、1s軌道、2s軌道、2p軌道、、と並んでおり、電子は順番につまっていく。例えば、ネオンは電子が10個あり、1s(2個の電子)、2s(2個の電子)、2p軌道(6個の電子)を閉殻にする。よって、軌道角運動量もスピン角運動量も総和がゼロになる。

ネオン

一方、鉄においては、26個の電子が下の準位から詰まった結果、3d軌道が中途半端に詰まった状態が生じる(下図)。全電子での和をとると、軌道角運動量が2、スピン角運動量が1/2×4=2の状態となり、磁性が生じ得る。このように不完全殻となるのは3d軌道か4f軌道であり、これらの不完全殻が磁性体を構成する。

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上図において3d軌道の詰まり方は一通りでないように思えるが、電子は全エネルギーが一番低くなるように詰められるわけで、以下のようなルールがある(フント則)。簡単に言えば、Sが最大になり、かつその中でLが最大になる詰め方がエネルギーが低い。

考えるべきなのは、①スピンースピン相互作用、②軌道ー軌道相互作用、③スピンー軌道相互作用である。下図右のように電子が同一軌道に入ると、パウリの排他律によりスピンは反平行になるが、波動関数の重なりによりエネルギーは高くなる。下図左のように、電子はスピンが同じ方向にそろったほうがよく(なるべく全スピン角運動量が大きくなったほうがよく)、かつ同じ軌道をオーバーラップしないように回った方がよい(全軌道角運動量が大きくなる)。あくまでもイメージでの説明であり、フント則の詳細については、この記事も参考のこと。Feの例に戻れば、まずSが大きくなるように上向きのスピンで5つの軌道が占められ、その後、lが一番大きい(l=2)軌道に下向きのスピンが入る。

つまりかた

以上のように1つの原子には複数の電子があり、

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がゼロでないときに(閉殻でないときに)、全磁気モーメント

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がゼロでない値をとる。

一方、全角運動量は

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であり、角運動量保存則により保存している。全角運動量Jと磁化Mは平行でなく、実験的に測定される磁気モーメントは、保存しているMのJ方向の成分だけである。磁化をJに平行な成分とそうでない成分にわけると

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となる。Jに比例している成分(第一項目)が実験的に観測される量であり、第二項目は時間平均するとゼロになる。つまり、磁化はJの周りを歳差運動しているが歳差成分は時間平均するとゼロになり、保存しているJ方向の成分のみが観測される。磁場と相互作用するのもMであるが、MのJ周りの歳差運動の速度は磁場まわりの歳差運動(Larmor 歳差運動)よりずっと速いので,磁場と磁気モーメントの相互作用を考える際も、第一項のM_Jを考えればよい。

M_Jを具体的に求める。

MとJ

M_JはJに比例するので、比例係数をgとおいて、

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ここで

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よって

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このgを用いて

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と書ける。

例えば、Fe^2+イオンの場合、(3d)6(4s)0なので、S=2、L=2。よってJ=4。gを上式より計算すると、g=3/2となるので、M_Jは

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となる。実験値はというと、4.9μBであることが知られており、(ここまで頑張って計算したのに)理論と合わない。むしろ、実験値は、上式でL=0とした場合(S=2、L=0、J=2)

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に一致する。このずれの原因は、原子核の周りを電子が束縛されてまわっているという描像が正しくないためである。原子核に電子が束縛されずに結晶内を動き回るため(磁性を担う3d電子が外界からの影響を受けるので)、軌道角運動量が消失している。

原子が周囲から受ける影響を結晶場と呼ぶ。ポテンシャルが球対称の場合には軌道角運動量が良い量子数だが、結晶中ではポテンシャルは結晶(格子点)の対称性と同じ対称性をもつ。つまり、ポテンシャルは丸くなく、立方体の対称性をもったりする。電子が原子に束縛される場合には球対称のポテンシャルを感じると思ってよいが、結晶中を動き回るときは結晶場の影響を受け、軌道角運動量は消失する。

軌道角運動量の消失は、3d遷移金属では顕著だが、4f系(希土類金属)ではそうでもない。4f系ではJが磁化を決めると考えてよい。これは、希土類金属では4f軌道の外側に(5s)^2(5p)^6の電子殻があり、外界からの影響がさえぎられるためである。


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