『低温物理実験技法』§0.寒剤の種類
寒剤としては、低温で液化する(すなわち、沸点が低温にある)ものが使用できる[2]。ここで低温とは、液体ヘリウムや液体窒素を用いて得られる(日常で使う低温より)非常に低い温度を指し、通常ケルビンを温度単位とする。寒剤の種類としては、O2(酸素)、N2(窒素)、Ne(ネオン)、H2(水素)、4He(ヘリウム4)、3He(ヘリウム3)があげられる。しかし、O2とH2は爆発の危険性があるため、用いられない[2]。また、Neは高価であり、用いられることは同様に少ない[2]。実用的な寒剤は、N2とHeになる。Heには同位体の4Heと3Heがあり、3Heは大気中では4Heの100万分の1しか存在しない。化学的な性質には違いがないが、極低温における物理的な性質は大きく異なるため、低温では区別して用いられる。
§0ー1. 実用的な寒剤の説明
① N2(窒素)
液体N2の沸点は77 K、融点は63 Kであり、この間の温度範囲で寒剤として利用される。沸点と融点が近いため、減圧するとすぐに白色の固体になる[2]。
多くの場合、液体N2には酸素(O2)が混入して沸点が上昇しているので、温度定点としての利用は好ましくない。ここで、O2の沸点は90 Kで、融点は54 Kである。特に、空気に触れ続けた液体N2は液体O2と同じ爆発の危険性が出てくるので注意が必要である。
液体N2は製造業者から購入するか、自家製造できる[2]。液体N2は空気を冷却することにより生成される。原料が無尽蔵にあること(大気中に78%含まれる)と、工業需要があるため比較的安価に入手できる。
② 4He(ヘリウム4)
液体4Heは低温実験で最も重要な寒剤である。沸点は4.2 Kであるが、減圧排気すれば1 K台の温度が比較的容易に得られる。
液体4Heは原子が軽いことと原子間相互作用が極めて小さいことから、通常の液体とは異なった性質を示す。相互作用が非常に小さいため、沸点が非常に低い。零点振動の効果によって、温度を下げても固体にならない。これは熱力学的に不自然であるが、代わりに2.172 K(ラムダ温度)で超流動状態に転移する。いわゆるBEC(ボーズ・アインシュタイン凝縮)であり、温度が下がるとエントロピーが0に向かって減少する。
ラムダ温度と呼ばれるのは、転移に伴う比熱の異常がλ型をしているからである[2]。超流動は粘性が消失し、流れがあっても圧力の勾配が生じない状態である。超流動自体が物理学の研究対象となることもある。
4Heは地中の放射線元素がα崩壊してできたものである。天然ガス中に含まれる4Heを、天然ガス液化のときに分離して生産されている。大気中には約5.2ppmしか含まれない。日本では採れず、100%輸入に頼っているため高く、ときどき非常に不足し高騰する。液化機をもっている大学や研究機関では、使用後のHeガスを回収精製し、再び液化することで繰り返し用いる。
③ 3He(ヘリウム3)
3Heは4Heよりも中性子が一つ少なく、中性子一つと陽子が二つからなる原子核をもつ。天然の存在比は極めて小さく、原子炉を用いて核融合反応により人工的に作られている。
3Heは4Heと異なり、スピン1/2のフェルミ粒子である。ボーズ粒子でないためBECは示さないが、0気圧で0.93 mKという非常に低い温度で超流動状態に入る。金属の超伝導転移と類似な現象として理解されている[2]。
3Heは、0.3 K以下で溶解曲線が負の勾配をもつ。すなわち、通常の液体では圧力を下げると温度が下がるが、3Heは0.3K以下で圧力を「上げる」と温度が下がる。この効果を利用した冷却をポメランチュク冷却と呼ぶ。
3Heの蒸気圧は、4Heの蒸気圧と比較して1 Kの温度で約1000倍も大きいので、それ以下の温度は4Heで液化した3Heの減圧で得るのが有効な手法である。0.3 Kまでの温度が比較的容易に得られる。
§0ー2. 寒剤の安全な利用
N2ガスやHeガス自体に毒性はないが、空気中の濃度が高くなると窒息の恐れがある。また、凍傷などの危険性もある。寒剤の安全な取り扱いや事故例については、所属組織の低温安全教育テキスト(東北大学極低温センターの例 , 島根大学の例, 広島大学の例, 千葉大学理学部極低温室の例 なども見られる)を参考のこと。
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