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[読書記録] フランス組曲 第1部:六月の嵐

作者: イレーヌ・ネミロフスキー
訳: 野崎歓・平岡敦
出版:白水社

作者のイレーヌ・ネミロフスキーはロシア革命後にフランスへ移住したユダヤ人。第二次世界大戦下ドイツに侵略されゆくフランスを背景に、個人の運命と共同体の運命の間で闘う人々の性を壮大な2部構成で描く。


1940年6月のドイツ軍の攻撃を避けてパリから地方へ逃げ延びてゆく人々を描いた「六月の嵐」。裕福なペリカン一家、芸術家気質の有名作家コルト、一般市民であるミショー夫妻など、様々なパリの住人が登場する。31章からなる1部では、章ごとに異なる人物の視点を交錯させながら逃走の大混乱を描く。

重大事件は人の心を変えるのではなく、その特徴を浮き彫りにする。

p.237

パリから逃げる群衆は、生への欲望によって人間らしさがはぎ取られ、野生化した獣のように描かれる。孤独な金持ちは差別的なほどに、自己中心的で心の弱い存在として描かれる。平気でガソリンを盗み、コネを元に食べ物を独り占めする。それでも今戦争のない国に生きる私は、生きるのに必死な一般市民を見下すような男であるコルトの、以下の言葉に惹かれる。

人々はもはや食べることしか考えず、芸術のための場所などなくなってしまうのか。

p.211

2019年のコロナ流行下で叫ばれた「不要不急」に対する違和感を思い出す。当時リッカルド・ムーティが、音楽は心の健康に必要不可欠だと言っていたのがあるポスターに載っていた。彼の言葉を信じる人間が多い世界は、きっと美しい。

戦争だの革命だの、歴史的大混乱だのといったものは、男にとっては興奮を呼ぶとしても、女にとっては……。ああ!

p.131

登場する女たちは皆たくましく、というよりは、現実的に生きる術を着実に見出す。現実的というのが鍵だ。頼りになる男が皆戦争にとられた中で、自分の家族を必死に守る。私が切なくなったのは、ペリカン夫人が3人の子供たちと女中を空襲と火事から守りきったシーンだ。ほっとしたのも束の間、ふと、家の中に置いてきてしまった大切な存在に気づき、涙にかき暮れる。

第一部を読んで、ディック・ブルーナの展覧会で観た油絵を思いだした。濃淡のグレーで描かれた色彩のない街。若い頃に油絵を勉強していたの彼が描いた絵の印象の一部は、もしかしたら、占領下のオランダだったかもしれない。


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